第2話


「和馬、瑠里子ちゃんが迎えに来てるわよ!」


母の声がした。


どういうことだ?

今日迎えに来る訳がない。


不思議に思い、二階の自分の部屋から階段を降りた。


「あんた、まだ制服に着替えてないの?卒業式の日くらい、ちゃんとしなさい」


卒業式?

何を言っているんだ、母は?


全く理解出来ずに居間の鏡を見てみると、飛び上がるほどびっくりした。


鏡の中の自分は、髭の剃り跡もなく幼かった。

伸びすぎた前髪が眼鏡にまでかかり、どことなく暗い少年。

紛れもなく、中学生の僕だ。


玄関から少女が入ってきた。

冬用のセーラー服を着て眼鏡をかけた、見覚えのある顔。

まさか……瑠里子?


「和馬、早く着替えて。遅刻するわ」


「ごめんなさいね、瑠里子ちゃん」


母は眉間に皺を寄せ、瑠里子に手を合わせた。


「いえ、いいんです」


瑠里子は僕にカッターシャツと学ランを着せ、鞄を持たせて中学への道を手を引いて早歩きした。


「まったく、勉強はできるのにその他のことはダメなんだから」


ブツブツ言う瑠里子に引っ張られている僕は、まだ状況が理解できていない。


ただ、五年前に潰れたお好み焼き屋、新しいマンションが建っているはずの公園を通りすぎると、僕の中であり得ないはずの仮説が立ち始めた。

瑠里子に引っ張られて中学校に着き、体育館へ向かう頃になってそれは確信へと変わった。


「中学校の卒業式の日に、タイムスリップしたんだ」


でも、本当に?

あり得ない出来事を信じることができなかった。

しかし、今、目の前で起こっているのは、確かに自分の記憶からすっぽり抜けていた、中学校の卒業式。


とすると……


僕は辺りを見回した。


……当然、あのコもいるはずだ。


卒業式の列の中を探す。


……見つけた!


流れるような髪に、長い睫毛の綺麗な女子。

由美ちゃんだ。


僕は、ドキドキし顔が火照っていくのが分かった。


胸の高鳴りがおさまらないまま、卒業式が終わる。

僕は恐る恐る彼女に声をかけた。


「今日……この後、校舎裏に来て」


彼女は僕を見つめて、少し眉を下げて頷いた。



放課後。

僕は校舎裏……蕾のままの桜の木の下にいた。


結果は分かっている。

しかし……どうしても僕は、中学生以来の心残りを晴らしたかった。


由美ちゃんが来た。

やはり綺麗な眉は下がっている。


僕は彼女を真っ直ぐ見つめた。


「僕、中学校に入って初めて見た時からずっと、由美ちゃんのことが好きでした。由美ちゃんがいたから、勉強も苦手なスポーツも、頑張ることができた。もしよければ……付き合って下さい」


由美ちゃんはさらに眉を下げ、目をグッと細めてすまなさそうな顔をした。


やっぱり……。


僕は、その表情で彼女の想いを理解した。


「ごめんなさい。私、和馬くんの気持ちには応えられない。他に、好きな人がいるの」


長い間、心に引っ掛かっていたものが外れた気がした。


「あなたには、あなたをちゃんと見てくれている人がいる。その人のことを、大事にしてあげて」


微笑みながらも、すまなさそうな顔をして由美ちゃんは去って行った。


「やっぱりな……」


結果は分かっていたとはいえ、少し気が沈んだ。


「残念だったね」


ふと後ろを向くと、瑠里子がいた。

きまりが悪そうに舌を出す。


「ごめん。つい、見てしまってて」


そして、眼鏡ケースを渡しながら言った。


「このフレームを見つけて……和馬に似合うと思ったの。ねぇ。私じゃ……ダメかな?」


瑠里子は眼鏡の奥で頬を赤らめていて……可愛い、と思った。

でも、眼鏡を外したらもっと可愛いのに。


「瑠里子は、僕でいいの?」


「もちろん……」


瑠里子ははにかみながら頷いた。


「ねぇ、それ。かけてみて。一緒に……レンズ、合わせに行こう」


眼鏡ケースを開けると、スリムな眼鏡のフレームが入っていた。

僕が眼鏡を外してプレゼントされたフレームをかけると、瑠璃子は目を細めて僕の手を引いた。


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