第2話
◇
「和馬、瑠里子ちゃんが迎えに来てるわよ!」
母の声がした。
どういうことだ?
今日迎えに来る訳がない。
不思議に思い、二階の自分の部屋から階段を降りた。
「あんた、まだ制服に着替えてないの?卒業式の日くらい、ちゃんとしなさい」
卒業式?
何を言っているんだ、母は?
全く理解出来ずに居間の鏡を見てみると、飛び上がるほどびっくりした。
鏡の中の自分は、髭の剃り跡もなく幼かった。
伸びすぎた前髪が眼鏡にまでかかり、どことなく暗い少年。
紛れもなく、中学生の僕だ。
玄関から少女が入ってきた。
冬用のセーラー服を着て眼鏡をかけた、見覚えのある顔。
まさか……瑠里子?
「和馬、早く着替えて。遅刻するわ」
「ごめんなさいね、瑠里子ちゃん」
母は眉間に皺を寄せ、瑠里子に手を合わせた。
「いえ、いいんです」
瑠里子は僕にカッターシャツと学ランを着せ、鞄を持たせて中学への道を手を引いて早歩きした。
「まったく、勉強はできるのにその他のことはダメなんだから」
ブツブツ言う瑠里子に引っ張られている僕は、まだ状況が理解できていない。
ただ、五年前に潰れたお好み焼き屋、新しいマンションが建っているはずの公園を通りすぎると、僕の中であり得ないはずの仮説が立ち始めた。
瑠里子に引っ張られて中学校に着き、体育館へ向かう頃になってそれは確信へと変わった。
「中学校の卒業式の日に、タイムスリップしたんだ」
でも、本当に?
あり得ない出来事を信じることができなかった。
しかし、今、目の前で起こっているのは、確かに自分の記憶からすっぽり抜けていた、中学校の卒業式。
とすると……
僕は辺りを見回した。
……当然、あのコもいるはずだ。
卒業式の列の中を探す。
……見つけた!
流れるような髪に、長い睫毛の綺麗な女子。
由美ちゃんだ。
僕は、ドキドキし顔が火照っていくのが分かった。
胸の高鳴りがおさまらないまま、卒業式が終わる。
僕は恐る恐る彼女に声をかけた。
「今日……この後、校舎裏に来て」
彼女は僕を見つめて、少し眉を下げて頷いた。
放課後。
僕は校舎裏……蕾のままの桜の木の下にいた。
結果は分かっている。
しかし……どうしても僕は、中学生以来の心残りを晴らしたかった。
由美ちゃんが来た。
やはり綺麗な眉は下がっている。
僕は彼女を真っ直ぐ見つめた。
「僕、中学校に入って初めて見た時からずっと、由美ちゃんのことが好きでした。由美ちゃんがいたから、勉強も苦手なスポーツも、頑張ることができた。もしよければ……付き合って下さい」
由美ちゃんはさらに眉を下げ、目をグッと細めてすまなさそうな顔をした。
やっぱり……。
僕は、その表情で彼女の想いを理解した。
「ごめんなさい。私、和馬くんの気持ちには応えられない。他に、好きな人がいるの」
長い間、心に引っ掛かっていたものが外れた気がした。
「あなたには、あなたをちゃんと見てくれている人がいる。その人のことを、大事にしてあげて」
微笑みながらも、すまなさそうな顔をして由美ちゃんは去って行った。
「やっぱりな……」
結果は分かっていたとはいえ、少し気が沈んだ。
「残念だったね」
ふと後ろを向くと、瑠里子がいた。
きまりが悪そうに舌を出す。
「ごめん。つい、見てしまってて」
そして、眼鏡ケースを渡しながら言った。
「このフレームを見つけて……和馬に似合うと思ったの。ねぇ。私じゃ……ダメかな?」
瑠里子は眼鏡の奥で頬を赤らめていて……可愛い、と思った。
でも、眼鏡を外したらもっと可愛いのに。
「瑠里子は、僕でいいの?」
「もちろん……」
瑠里子ははにかみながら頷いた。
「ねぇ、それ。かけてみて。一緒に……レンズ、合わせに行こう」
眼鏡ケースを開けると、スリムな眼鏡のフレームが入っていた。
僕が眼鏡を外してプレゼントされたフレームをかけると、瑠璃子は目を細めて僕の手を引いた。
◇
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