第20話

「ご主人様、助けていただいてありがとうございます」

 は?

 唐突にイケボが聞こえ、周りを見渡します。

「ご主人様のおかげで、命が助かったばかりではなく、病に侵される前の姿を取り戻すことができました」

 再びイケボです。

 えーっと、声のした方向は……。私のほぼ正面の……。

 視線を下に向けます。

 いました。

 服装から考えれば、さっきまで地面の上で体を丸めていた破棄奴隷です。

 薄汚れたあちこち穴だらけの、初めは何色だったかも分からないかろうじて服の形を保ったシャツとズボン姿。

 しかしその容貌はどうでしょう。

 あちこち曲がっていた関節はピンと伸び、ほどよく筋肉もついています。

 綺麗な光を反射する薄茶の髪に、前髪の間から見える瞳はきらめくエメラルド。

 透き通るような白い肌に、あー、もう、世の中不公平だって思うような綺麗な顔です。

「あー、いや、痛い思いするって知ってたのに、えっと、こちらの都合で勝手に飲ませてごめんなさいです。えっと、おかげでジョーンさんも助かったし……ウィンウィンってことで、じゃ」

 背中を向けて歩き出します。

 ふわぁー、やっばい。

 何とか我慢することができました。

 うん、もう少しで、もう少しで……。

 金髪の間からにょっきり生えたかわいらしい犬耳に手を伸ばしてしまうところでしたっ!

 ぼろぼろだったときには犬耳は欠損していたのでしょうか。

 けも耳だから正確には何の耳なのかは分からないんですけど……。

 そっくりなんです。

 家で飼っていたゴールデンリトリバーのバーヌに。

 15年家族として一緒に生活した、バーヌの耳に……。

 と、バーヌのことを思い出していると、にゅっと、目の前にその耳が現れました。

 ふおうっ、バーヌゥって、いけません、違います。バーヌじゃありませんっ。

「どうかお願いです、ご主人様。僕をご主人様の奴隷にしてください」

 行く手をふさぐように、バーヌ耳の破棄奴隷が膝をついて頭を下げています。

 いや、その頭を突き出さないでください、理性が、理性がっ。

「あの、ごめんなさい。ボクは奴隷を持つつもりはないから、えっと、それにその……前のご主人様に捨てられたんでしょう?」

 捨て犬……って言葉が浮かんでしまったので思わず捨てられたなんて……ちょっと言い方が失礼になってしまったかもしれません。

「だったら、もう自由に生きればいいんじゃないかな?」

 この世界での獣人は別に特殊でもなんでもありません。街では10人~15人に1人くらいの割合で見かけます。差別を受けているような印象もありません。

「僕は、解放奴隷じゃなくて、破棄奴隷です」

 うん、知ってます。

 まぁ、私は鑑定で知ったんですが……そういえば、ほかの人は見ただけで破棄奴隷だって言ってましたよね。え?なんで見ただけで分かるのでしょうか?

 犬耳がぴくぴく動いているのばかりに目が行ってしまいますが、改めて視線を移します。

 首に隷属の首輪がはまっているとか、足に鎖がついてるとか?

 うーん、それっぽい目印は見当たりません。と思っていたら、男が左腕を突き出しました。

「奴隷紋です」

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