#6

「納得いかなーい!」

「レネット、静かに。私たちは追われる身だ」

 アルレクスに横抱きにされながら、レネットは頬を膨らませた。離宮で大暴れをした上に現在逃走中のアルレクスとレネットは、ベルナの先導で城門を出る。あらかじめ用意していた馬が欠けることなくそこにいるのを確認して、アルレクスは胸を撫で下ろす。

「いい話風にまとめないで! アルルはぼろぼろだし、あなたの弟、一発殴ってやりたかったのに! 私、頭から水をかけられたし、失礼なことたくさん言われたし、手……」

「て?」

 レネットを抱えたまま、あぶみに足をかけて馬に跨ったアルレクスが小首を傾げる。レネットは落ちないようにしっかりと掴まりつつ、きゅっと口を引き結んで耐えた。もし、服の中に手を突っ込まれたなどと言おうものなら、アルレクスは取って返してアルヴィンを殴りにいくだろうし、それはそれで胸がすくだろうが、脱出の機会を失うことになる。弟との別れも台無しだ。いい感じにまとまったのに拗れかねない。

「手土産くらい欲しかったかも」

「勇ましいな、私のおてんば姫アドヴェーラは」

「それなんて意味? 絶対褒めてないよね?」

「舌を噛むぞ。しっかり掴まれ」

 アルレクスが軽く手綱を引く。ベルナも続いて馬に跨ったので、レネットは思わず問いかけた。

「ベルナさんも一緒に来るの?」

「お嬢様のお世話がありますし、助けていただいた御恩をまだ返せておりませんので」

 イスルとの別れはとっくに済ませた、とベルナは言った。それを聞いて、アルレクスは頷く。

「長居は無用だ。行くぞ」

 馬に乗るのは初めてだったため、馬が前脚を上げたところでレネットは小さな悲鳴を上げた。そのまま、馬は二人を乗せて全速力で駆け出す。満点の星空のもと、冬の終わりの風が吹き抜けた。



 から一ヶ月後、公王アルヴィンは何事もなく大部会を参集した。謀叛人たちの処遇はそのために裁判が延期され、三ヶ月後に公妃エステラが懐妊、その後無事出産したことで、継嗣誕生にあわせ恩赦となる。

 予言をめぐる一連の罪は知る人ぞ知るものとなり、アルヴィンとエステラはその贖罪を誓約書に記した。彼らの死後半世紀後にこの文書は発見され、歴史的な大事件となるのだが——それはまた別の物語である。

 かくして、フォルドラの歴史の舞台袖からも、公子アルレクスの足跡は途絶えた。

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