#5

 抱きしめられているような温もりを感じて、アルヴィンは目を開いた。ごうと耳元で炎がうねる。子供が癇癪を起こすように燃え上がった魔力の炎は、アルヴィンとアルレクスを中心に、徐々にゆっくりと収まっていく。

 膝をついたアルレクスの腕の中に、アルヴィンは蹲っていた。それだけで、アルヴィンはぐちゃぐちゃになっていた思考がまとまっていく気がする。満たされなかった心の穴が、ゆっくりと埋められていく。壊れかけの心の歯車が、少しずつ、動き出す。

「すまなかった。お前一人を残して、去るべきではなかった」

 二人で叶えようとした理想。それと自分の欲望とを天秤にかけて、幼い頃に共に描いた未来を塗りつぶしたのは、アルヴィンだ。それでも、この優しい兄は、手を差し伸べに戻ってきた。

「……でも、行ってしまうんでしょう。約束、したのに。国より、民より、僕より、あの女の方が大事だって言うんだ」

「そうだな。結局私は、王の器ではなかったということだ」

「勝手だ。あなたは、望まれているのに」

「お前とてそうだ。エステラも、イスルも、お前を王にと望んだ。予言されたからではない。その意味が、お前ならわかるだろう」

 アルレクスが腕を解く。代わりに、駆け寄ってきたエステラに抱きしめられた。勢いを殺せず、そのまま後ろへと倒れる。床に頭をぶつけそうになって、あわてて肘をついた。

 エステラは、震えて泣いていた。何度もアルヴィンの名前を呼んで、無事を確かめる。

「……エステラ」

 憎かった。兄の愛を一心に受ける彼女に、兄を奪われたと感じた。彼女のつれない態度が、自分に向けられる無理解な憧憬が、煩わしかった。そんな感情に囚われて、エステラの心を無視し続けてきた。ひどい言葉を、投げつけた。

「こんな僕のこと、まだ、王にふさわしいと思う?」

 ずいぶん都合の良い、卑怯な言い方だと思う。だが、エステラは頷いた。

「僕は、たくさんの罪を犯してきた。君にひどいことも言った。そんな僕でも、君は愛せる?」

「もちろんです。私は、あなたの妻ですから」

「……そっか。そう、なんだ」

 今まで何一つ響くことのなかったエステラの言葉が、すとん、と腑に落ちた。

 これが、愛というものなのか。

 なんて愚かで、そして、優しい。

「陛下、」

 止血を施されたイスルが、しっかりとした足取りでアルヴィンのそばまでやってくると、膝をつく。

「お前も、僕をそう呼ぶのか」

「陛下が幼いみぎりより、あなた様の努力を見てまいりました。アルレクス様とともに善き王になられると。あなたは間違えたかもしれませんが、悪政を敷くことはなかった。民の声をよく聞き、尽くす。だからこそ、お仕えしようと思うたのです」

「……割と兄さん以外はどうでもよかったんだけどな。贔屓目が過ぎるよ」

 兄を連れ戻すためなら人質も取ったし、村を焼くと脅しまでした。自国の民であればもっと強い交渉材料になるのに、くらいは考えたかもしれない。公務を真面目にこなしていたのは、そう——約束が、あったからだ。

「とんだ道化だ」

 天を仰いで、アルヴィンはうそぶいた。

 何も残らないと思っていたところに、確かに温もりがある。

 そのことが、嬉しい、だなんて。

「あー、感動に浸ってるところ申し訳ないんだが、ちょっといいか?」

 と、シュガルが頭をかいて割り込んできた。

「俺ら、謀叛の首謀者ってことになってるんで。さっさと子供作って生誕祝いの恩赦よろしく。まだ死にたくねえし、寛大な公王様の御慈悲に賭けてるから」

「え、あ、ああ……」

 あたりを見回すと、アルレクスとレネットの姿はもうどこにもなかった。どうやら別れの言葉も告げてくれないらしい。きっと二度と会うことはないだろうに、惜しい気もしたが、レネットもアルレクスも謝罪を受け取りはしないだろうし、これが一番良い幕切れなのかもしれない。アルヴィンはそう考えて、立ち上がった。魔術を暴走させたせいでふらついた体を、エステラとイスルが両脇から支えてくれる。それに、少し鼻の奥がつんとした。

「……さて。どう片付けようか」

 シュガルたちにのされた兵士たちがようやく集まってきたのを見て、アルヴィンは苦笑いをした。アルレクスは最後まできっちりお膳立てをしてくれている。それを無為にはできない。

 憑き物が落ちたような気分で、アルヴィンは一歩を踏み出した。

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