#2

 レネットに向かって刃が振り下ろされる。その瞬間、アルレクスは迷わずに大広間に踏み込み、槍を振るった。

 真っ直ぐにアルヴィンの右腕を狙ったそれは、しかし、同じ鋼に阻まれる。重く鈍い音がして刃が跳ね上がり、アルレクスは目を細めた。

「イスル!!」

 吼える。立ちはだかるは、かつて師と仰いだ男——〈王の槍〉、イスルだった。


    ◈


 アルヴィンは背後で散った火花に、ぴたりと動きをとめた。振り返ると、イスルとアルレクスが槍の間合いを挟んで睨み合っていた。

「そこを退け」

「なりませぬ。我が槍は陛下の御身をお守りするためのものでありますれば」

らば斬る!!」

 アルレクスが怒号と共にイスルに襲いかかった。アルヴィンはその光景を、食いいるように見つめる。アルレクスがここまで怒りを露わにするのを見るのは、初めてだった。緑の瞳に燃える炎の苛烈さに、アルヴィンは恐怖と——そして昂奮を覚えた。

 〈王の槍〉たる老騎士と、次いでその名声を手に入れるであろうと目された男。極みに至った両者の槍捌きは、一撃一撃が確実に命を奪おうと繰り出される、本物の死突だ。叩きつけ、突き、かわし、薙ぎ払う。感情の昂りは判断を鈍らせるというが、アルレクスの槍は、刃を交えるたびに重く、鋭さを増すように思える。アルヴィンはレネットとエステラを背に二人に向き直った。——イスルが、されている。

 イスルは老体とは自称するものの、若い騎士たちに一本も許したことはない。互角に渡り合えるのは、アルレクスくらいのものであろうと言われてきた。互角であれば、あとは体力の差がものをいう。切り結べばそれほど、イスルの敗北は決定的となる。

 アルレクスを追ってきたのか、見覚えのある騎士たちが大広間に集った。エステラが何事か叫んだが、二人には全く聞こえていない。アルヴィンはただ、イスルとアルレクスの戦いに魅せられていた。他のものも、同じように立ち尽くしている。

 長柄と鋼の穂が空中に弧を描く。流派を同じくする師弟の決闘は、まるで鏡合わせのように美しく、お互いの命を削る。頬を裂き、肩を抉り、散る鮮やかな血一滴にさえ目を奪われた。

 そして、瞬きの間のその一瞬。イスルの槍がアルレクスの左肩を裂き、アルレクスの槍がイスルの右腕を飛ばした。

 大理石の床が夥しい鮮血で染め上げられ、エステラが小さく悲鳴をあげる。アルレクスはくるりと手の中で槍を回転させると、その切先を、膝をついたイスルの眉間にぴたりと当てる。

「私の勝ちだ、イスル」

 その一言に、アルヴィンは我に返る。あまりにも熾烈で鮮やかな——二人の槍使いが舞ったその舞台に、飲み込まれていた。

「イスル、もう良い。下がれ」

 呆然と、そう命じるしかなかった。

「儂はまだ……生きておりますぞ」

「下がれ」

 アルレクスが殺さずにおいたのだ。であれば、それを尊重すべきだろう。イスルは血を失い肩で息をしていたが、アルヴィンが再三命じると、ぐっと俯いた。アルレクスは膝をつくイスルの横を通り過ぎ、アルヴィンの元へと歩いていく。アルヴィンもまた、歩を進めた。

「やっぱりすごいな、兄さんは」

「アルヴィン。彼女を返してもらおう」

 自然と口元に笑みが浮かび、アルヴィンはふっと息を吐いた。

「そんなに、この女が大事? 僕よりも?」

「アルヴィン。私は、お前もまた、愛している。兄として、ただ一人の弟であるお前を」

「嘘だ。僕を拒んだくせに。僕が必要だって言ってよ、兄さん!」

 アルレクスがアルヴィンの剣の間合いに踏み込んだ。感情とともに魔力が昂る。迸る炎にアルレクスは一瞬怯み、その向こう側にいるレネットの様子をうかがう。それが——その眼差しが、自分に向けられていないことに、胸を締め付けられる。

「どうして……!」

 なぜ。そう問いかけられる立場であったのに、いつの間にか自分が問いかけている。子供のような駄々をこねて。全部あなたのためにしてきたのに。見返りを求めたからいけなかったのか。どこで間違ったのか。ぐちゃぐちゃに、さまざまな感情が渦巻く腹の底から、どろりと昏い欲望がこぼれ落ちる。

 正気でなどいられない。こんな、薄汚い、兄の影としてしか生きられない、そんな生は。

 あなたに拒まれては、生きてなど、いけない。

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