#2

「イゼルエルド師はこの時間ならお部屋にいらっしゃるはずですが……」

 グレイが言葉をにごす。何事にも例外はあるということだ。

「いなければ予定を変更するだけだ。手筈は整っている」

 アルレクスがそう呟いた直後、奥の扉が開く。イゼルエルドがいるという部屋から出てきた人物の姿を認め、グレイはあっと声を上げた。

「リオネル師!」

「何?」

 なぜ、イゼルエルドの部屋からリオネルが現れるのか。嫌な予感がして、アルレクスはグレイの制止を振り払ってリオネルを押し除け、部屋へと押し入る。はたしてイゼルエルドは闖入者ちんにゅうしゃに驚いて固まっていた。その手に握られた小瓶を、アルレクスははたき落とす。

「何をする!」

「それはこちらの台詞だ」

 言うと同時に、アルレクスはフードを引き下げて顔面を晒した。ばさりと赤い髪が広がり、イゼルエルドが目を見開く。

「アルレクス様……まさか、そんな」

「お久しぶりです。もうあなたを義父ちちとは呼べませんが……グレイ、リオネルは?」

 息をついて振り返ると、グレイが困惑するリオニスを部屋に押し込んで扉を閉めたところだった。

「殿下。戻られたのか」

「やめろ。私はもう公子ではない。お前たちがそう定めたのだ」

 アルレクスが厳しく咎めるように言うと、二人の星導師は押し黙った。床に転がった小瓶を爪先で蹴飛ばし、アルレクスは腕を組んで二人の顔を順番に見る。

「先に言っておく。私は弟を救いにきた。王になるためではない。私を勝手に担ぎ上げてこのような真似をされるのもごめんだ」

「そ……そのような」

 リオネルが平伏する。グレイは呆然としているイゼルエルドを椅子に座らせると、小瓶の中身を捨て、綺麗に始末した。

「毒ですね。リオネル師が含むように仰ったのですか」

「違う。私の独断だ。彼は関係ない」

 俯くリオネルを、イゼルエルドが庇う。二人は同門でこそないが師弟とも呼べる関係にある、とのグレイの言を思い出し、アルレクスは組んでいた腕を解いた。

「イゼルエルドから先に話をと思っていたのだが、丁度いい。〈塔〉の内情は聞いている。私を廃したあの予言について、それぞれ思うところがあるらしいな」

 リオネルは色めきたち、身を乗り出して机に手をついた。

「アルレクス様。予言は絶対です。ですが、それは嘘によって捻じ曲げられてしまいました。我らはこれを正しき星辰のもとへと戻さねばならぬのです」

「それがイゼルエルドが命を絶つことに繋がるのか?」

「畏れながら、公国法におきましては、予言を偽った星読みドルイドは死罪と決まっております。あなた様でさえ、公国法を無視することはできませぬ」

「公国法においては、偽ったもののみが処罰されることになっている。一族郎党を処断するのはお前たちのしきたりであって法ではない」

 アルレクスがそう言うと、イゼルエルドが腰を浮かせて訴えた。

「アルレクス様。全て私のしたことです。娘は関係ありません。どうかご慈悲を」

「……そういうことか」

 リオネルとイゼルエルドは話し合って、ことが公になる前にイゼルエルド一人が命を絶つことでなんとか丸く収めようとしたのだ。だが、それではアルレクスは納得しない。

「この件に関しては、当事者である私に裁量があると思うのだが?」

 リオネルが視線を逸らし、イゼルエルドの顔から血の気が引く。しかし二人とも、グレイに促されて静かに席についた。アルレクスは窓際まで歩いていくとカーテンを閉める。ふっと部屋の中が暗くなった。

「繰り返すが、私は王になるために戻ってきたのではない。一度は国を捨てた身だ、そのような者に王は務まらぬ。それに……」

 レネット。今は幸せにしたい少女がいる。それは、王になることでは叶えられない。一旦言葉を切って、アルレクスは続けた。

「……アルヴィンの言葉を信じるのなら、こと予言に関して責を負うべきはエステラだ」

 イゼルエルドはびくりと肩を震わせた。いつも堂々と立ち回っていた男の憔悴した表情を見ていられず、アルレクスは視線をはずす。

「しかし、私はエステラの死を望まない」

「殿下? しかしそれでは——」

 リオネルの言葉を、アルレクスは片手を挙げて制した。

「法が遵守されることが求められるのは分かっている。その上で、私は彼女の減刑を望もう。生きて、弟と共にこの国と民に尽くすように。それが私の望む償いだ」

「例外を認めろとおっしゃるのですか?」

「例外ではない。法的手続きに則った正当な要求であると考えているが」

「しかし……しかし、星の意思を穢した大罪人です!」

「『正道を歩めるのは生者のみである』」

 アルレクスが星読みドルイドたちの正典から一句引用すると、リオネルは口をつぐんだ。

「予言は、人々を定められた未来という箱庭に押し込めるためにあるのだろうか。人々をよりよい未来に導くための力ではないのか?」

 二人のやりとりを見守っていたイゼルエルドは、アルレクスの言葉がようやく飲み込めたあたりで、静かに口を開いた。

「アルレクス様。ひとつ、お聞きしたい」

「なんだ」

「エステラを想ってのことなのでしょうか」

 アルレクスは即座に首を横に振った。レネットと出会い、愛を自覚する以前の自分であったなら、頷いてしまっていたかもしれない。だが、今は違う。

「それはもはや過去のことだ。それに……一生をフォルドラの民に捧げるのだ。王としての生き方は、もはや人であることを望めない。私のようにそのように生まれついた者ならまだしも、彼女には酷だろう。死んで後のものに全て押し付けていくという解決法以外で話し合え」

 その言葉に、イゼルエルドは納得を示したようだった。リオネルもまた、心のうちはどうあれ、アルレクスの言い分を受け入れるように沈黙している。

「あ、あの……お話が終わったようですので。僕、封書目録を拝見したいのですが」

 グレイがおずおずと挙手して発言する。リオネルが咳払いをした後、グレイを見た。

「何を探すつもりなのだ?」

「アルヴィン様がお読みになった、禁忌の書物について調べております」

「禁忌?」

 穏やかでない単語に、二人の星導師は顔を見合わせて眉根を寄せる。それに、アルレクスはかいつまんで事情を説明した。

「死の運命を覆す魔術、ですか」

 二人は記憶を辿るようにそれぞれ視線を虚空に投げながら考え込む。

「アルファルド公王までご存知であったとなれば、おそらくでしょう」

ですな」

「知っているのか?」

 アルレクスが身を乗り出す。すると、イゼルエルドが立ち上がり、部屋の隅の扉へと全員を招いた。

「ご案内いたします。こちらへ」

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