第3章 天の星、地のさだめ

#1

 このには、意思がある。

 いつ誰が言い出したか、しかし、星読みドルイドと呼ばれる者たちの登場により、それは人々の間で共通認識となっていった。諸地域の共同体内で宗教司祭や知恵者の役割を担うようになった星読みドルイドたちは、やがて集まり、学問分野を問わず「知」を集結させようと〈塔〉を作り上げる。

 〈塔〉や星読みドルイドを中心にフォルドラの民が信仰するこの宗教には「星辰信仰」と呼ばれる以外に未だ名前がないが、その影響力は、国の最高権力者である公王も無視できないものだ。フォルドラの民は大きく三つの身分に分かれており、その一角——全人口の一割——をなすのが彼らである。

 星読みドルイドは王に仕え、星の意思を汲み——それは過去と未来を見通すことの代替表現である——それを〈星の予言〉として奏上する。星の意思予言に従うことで、すべては道の上に安寧を得られる、それが星辰信仰の基本的な教義である。

 それゆえに、予言は絶対である。予言によってアルレクスは廃され、今や国内ではその名を呼ぶことさえ忌避される。予言に否定されるということは、人間としてことを意味するのだ。この支配力ゆえに、星読みドルイドは権力と結びつく。アルレクスとエステラがめあわされたように。

 星読みドルイドは、自分が垣間見た未来をねじ曲げて予言として奏上するようなことがあってはならない。これは偽った内容の大小に関わらず星読みドルイドにとって最も重い罪とされ、公国法においても例外なく極刑とされている。

 アルレクスも何度か予言を奏上されたことがある。この日は空が荒れる、軍隊を動かすならばこの日にせよ、などだ。予言を受けて凶事を避けることは、限定的にだが認められている。

 だが、人の生き死にに関する事柄は、予言してはならないという決まりがある。胸の内に秘め、その未来を書き換えてもならない。これもまた、重い罪に問われる。

 アルヴィンは星読みドルイドではないが、ある魔術書によって「未来を視た」という。それは、アルレクスの死であり、アルヴィンはそれを避けるために魔術によって未来を書き換えた。そして、その代償に自らの命を支払うこととなっている。

 それを、アルレクスは止めにきた。それは、予言を捻じ曲げることになるのか、アルレクスにはわからない。だが、それを恐れて弟を見殺しにするなら、アルレクスは一生後悔するだろう。そんな後悔を抱えたまま、自分だけ愛するものと幸せになることなど考えられない。

 だからこれは、自分のためだ。


 グレイに連れられて門を潜り、数年ぶりに訪れた〈塔〉は、記憶の中の姿と大きく変化はなかった。すれ違う魔術師や星読みドルイドたちは、グレイの施した魔術のお陰か、アルレクスの存在に気づかない。そのままグレイの後に続いて観測塔まで階段をのぼっていく。

「グレイ。お前は予言のことをどう思う」

「どう……とは?」

 グレイは声を潜めた。グレイの魔術は姿形を偽るだけで、会話までは誤魔化せない。あたりを見回し、聞いているものがいないか確認する。

「私は常々、疑問に思っていた。予言の通りに生きることが、果たして幸せなことなのか」

「誰が聞いているかわからないんですよ。こういうところではお控えください」

「こういうところだからこそ、だと思うのだが」

 アルレクスが呟くと、グレイは振り返って眉根を寄せた。

「僕は星読みドルイドではなく魔術師です。その立場から忌憚なく言わせていただくと、『馬鹿じゃないのか』ですね」

「ほう」

 グレイにしては珍しい感想だな、とアルレクスは思った。彼は感情表現が豊かだが、真面目な議論において感情を挟むのを嫌う。ゆえにこれは、グレイにとってはただの「感想」だ。

「魔術を扱う上で、星に意思があるっていうことはわからないでもないですよ。でもそれを『正しさ』の基準にするっていうのは、どこから出てきたんだって思いますね。他人……まあここでは自分以外の何か、ですけど。それに判断を委ねて生きて、本当に心穏やかに暮らせるものなんでしょうか」

「確かにそうだな」

 状況によってはわからなくもない。それは星の意思が綴るを約束しているという前提に限る。そして、アルレクスはそれを盲目的に信じられない。

「星の意思に悪意はあると思うか」

「ないと思いますね。善意も悪意も、それは『人間の物差し解釈』ですから」

 アルレクスは塔の中から空を見上げた。天井に埋め込まれた丸窓には、慈愛を神格化した女神が星を抱く絵が描かれている。

「それでも、人は縋らざるを得ない、のか」

 何かに判断を委ねる生き方は、正直に言って楽だ。しかし、アルレクスはそれに漠然とした不安を覚える。それは自分が予言によって廃される前から、しばしば感じていたことだった。あまり理解はされず、アルレクスも無用な波風を立てないために普段は黙っているが、グレイはフォルドラの人間ではないためか、アルレクスの考えを理解した。その関係が変わっていないことに、アルレクスは安堵した。

 二人はそこで一旦会話を切り上げ、再び塔を登り始めた。

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