第3章 天の星、地のさだめ
#1
この
いつ誰が言い出したか、しかし、
〈塔〉や
それゆえに、予言は絶対である。予言によってアルレクスは廃され、今や国内ではその名を呼ぶことさえ忌避される。予言に否定されるということは、人間として捨てられることを意味するのだ。この支配力ゆえに、
アルレクスも何度か予言を奏上されたことがある。この日は空が荒れる、軍隊を動かすならばこの日にせよ、などだ。予言を受けて凶事を避けることは、限定的にだが認められている。
だが、人の生き死にに関する事柄は、予言してはならないという決まりがある。胸の内に秘め、その未来を書き換えてもならない。これもまた、重い罪に問われる。
アルヴィンは
それを、アルレクスは止めにきた。それは、予言を捻じ曲げることになるのか、アルレクスにはわからない。だが、それを恐れて弟を見殺しにするなら、アルレクスは一生後悔するだろう。そんな後悔を抱えたまま、自分だけ愛するものと幸せになることなど考えられない。
だからこれは、自分のためだ。
グレイに連れられて門を潜り、数年ぶりに訪れた〈塔〉は、記憶の中の姿と大きく変化はなかった。すれ違う魔術師や
「グレイ。お前は予言のことをどう思う」
「どう……とは?」
グレイは声を潜めた。グレイの魔術は姿形を偽るだけで、会話までは誤魔化せない。あたりを見回し、聞いているものがいないか確認する。
「私は常々、疑問に思っていた。予言の通りに生きることが、果たして幸せなことなのか」
「誰が聞いているかわからないんですよ。こういうところではお控えください」
「こういうところだからこそ、だと思うのだが」
アルレクスが呟くと、グレイは振り返って眉根を寄せた。
「僕は
「ほう」
グレイにしては珍しい感想だな、とアルレクスは思った。彼は感情表現が豊かだが、真面目な議論において感情を挟むのを嫌う。ゆえにこれは、グレイにとってはただの「感想」だ。
「魔術を扱う上で、星に意思があるっていうことはわからないでもないですよ。でもそれを『正しさ』の基準にするっていうのは、どこから出てきたんだって思いますね。他人……まあここでは自分以外の何か、ですけど。それに判断を委ねて生きて、本当に心穏やかに暮らせるものなんでしょうか」
「確かにそうだな」
状況によってはわからなくもない。それは星の意思が綴る歴史が万人の幸福を約束しているという前提に限る。そして、アルレクスはそれを盲目的に信じられない。
「星の意思に悪意はあると思うか」
「ないと思いますね。善意も悪意も、それは『人間の
アルレクスは塔の中から空を見上げた。天井に埋め込まれた丸窓には、慈愛を神格化した女神が星を抱く絵が描かれている。
「それでも、人は縋らざるを得ない、のか」
何かに判断を委ねる生き方は、正直に言って楽だ。しかし、アルレクスはそれに漠然とした不安を覚える。それは自分が予言によって廃される前から、しばしば感じていたことだった。あまり理解はされず、アルレクスも無用な波風を立てないために普段は黙っているが、グレイはフォルドラの人間ではないためか、アルレクスの考えを理解した。その関係が変わっていないことに、アルレクスは安堵した。
二人はそこで一旦会話を切り上げ、再び塔を登り始めた。
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