#3
食堂は訓練や巡回を終えた騎士たちで賑わっていた。だが、座る場所が各々違う。身なりのいいものたちと、おそらく平民らしいものたちで座る場所が分かれているのだ。シュガルが料理を取りに行っている間、レネットは身分差を肌で感じ、端に座ろうとした。戻ってきたシュガルがその腕をぐっと掴み、どっかりと窓際の席に陣取る。
「シュガル。睨まれてるよ」
貴族身分らしい騎士たちがあからさまに嫌悪の眼差しを向けてくるのに、レネットは慌てた。だが、シュガルはつまらなそうに息を吐いただけだった。
「ほっとけ」
「で、でも」
何か言われるかも。そう続けようとしたところで、シュガルはパンをそのままレネットの口に突っ込んだ。
「ふぐんぐ」
「とにかく食え。そんな細いんじゃ元気なガキ産めねえぞ」
パンは暖かく、柔らかかった。アルレクスはレネットの口にするものに気を遣ってくれていたが、レネットが贅沢に慣れると旅が辛くなると辞していた。ゆえにこんな旨味のあるパンは食べたことがなかった。シュガルの言ったことに反応することも忘れて目を輝かせて咀嚼していると、シュガルが目を細める。
「大将は普段お前に何食わせてんだよ」
「村にいた時よりは良いものだよ。ちょっと気が……後ろめたい気もするけど」
答えてから、はっと顔をあげる。この人はレネットとアルレクスの関係を知っているのだろうか。レネットの顔に緊張が走ったのを見てとって、シュガルはわざとらしく自分の口を手で塞いだ。
「おっといけねえ。今のは忘れろ」
「どういうこと? あなた、どこまで知ってるの?」
身を乗り出すと、シュガルは口に当てた手を人差し指を立てるように握り直した。それに、レネットは眉根を寄せる。
「種明かしはもう少し後じゃねえと、面白くねえだろ」
「種明かし……?」
聞き募ろうとレネットが口を開くと、突然視界がふっと暗くなり、机が叩かれた。突然のことに、レネットは身を竦ませる。シュガルが気だるそうに、机を叩いた人物を睨みあげた。
「んだよ、行儀が悪いんじゃねえのか、お貴族様は。こっちは食事中なんだが」
「黙れ。ここはお前たちのような平民が来て良い場所ではない」
鋭く悪意を向けられて、レネットは唾を飲んだ。アルレクスと同じ流麗な発音だ。同じ話し方で敵視され、レネットの心臓は早鐘を打つ。落ち着け、と自分に言い聞かせて顔を上げると、その騎士と目があった。
「なんだ、その目は。言いたいことがあるようだな」
「わ、私は別に」
演技をすることも忘れて声が震える。貴族に逆らおうなんて、レネットは考えもつかない。そもそもレネットのような寒村の生まれは、一生村から出ない生活が普通だ。都市や上流階級の人間とは基本的に縁がない。そして、ベルディーシュ村のような小さな村は、そういった人々から敵視されては生きていけないことを、刷り込まれている。
「ガキに絡むんじゃねえよ。それに比べて大将は器がでけえ。そう思うだろ、ん?」
シュガルがレネットの肩を掴んで、騎士から遠ざけてくれる。だが煽るようなことを言うので、レネットはひゅっと息をのんだ。
「まだそんなことを言っているのか。お前たちの主は断罪されたのだ。その肩を持つことがどういうことか、まさか本当にわからん頭なのか?」
「わからんのはお前らだろうよ。この食堂に席順はねえ、それをはじめたのは大将だが、今の公王様は『食堂を貴族と平民で分けろ』とは一言も言ってねえ」
シュガルの声はよく通る。遠巻きに様子を見ていた騎士たちが、ざわざわとし始めた。それを、騎士は声を張り上げて一蹴する。
「秩序を乱すな。すでにこの国を捨てた者のものの話など口にするのも聞くのも煩わしい。はっ。結局、そんな男にすら信用もされず置いていかれた貴様の言など……」
「あ?」
シュガルの声が、地に轟くかと思うほど低くなった。
「もっぺん言ってみろや。最近耳が遠くてな」
「シュ、シュガル」
シュガルの逆鱗に触れたということを察したらしい騎士が、若干怯む。いけないと思って、レネットは割って入ろうとする。だが、シュガルはレネットの襟首を掴むと後ろに放った。
「ガキは引っ込んでな、大人の話だ。で? 誰が何を捨てたって? どうやら俺の認識と、お前らの認識には違いがあるようだ……」
まずい、とレネットは思った。これ以上は目立ちすぎてしまう。だが、シュガルが怒るのも分かる気がした。先に裏切ったのはどちらだと、シュガルは言いたいのだ。
騎士はすっかりシュガルに気圧されている。シュガルはそれを見て、「つまらねえな」と吐き捨てた。
「興醒めだ、行くぞ」
まだ手をつけていない食事を手に、シュガルは立ち上がる。どこに行くかは知らないが、レネットもパンと水を片手にそれに続こうとした。その背中に、騎士は侮蔑の言葉を投げつける。
騎士が何を言っていたのか、レネットは咄嗟に理解できなかった。だが、アルレクスが侮辱されているということだけが分かった。シュガルが振り返るよりも早く、レネットは踵を回して、右手に持ったコップの水を騎士に浴びせた。
「……あ」
騎士とレネットは唖然と立ち尽くす。シュガルも驚いたのか口を挟んでこない。しんと周囲が静まり返り、騎士はわなわなと震え始める。レネットは「やってしまった」と思ったが、それは一瞬で、不思議と罪悪感はなかった。少しくらい後ろめたさを感じるべきなのだろうが、ふつふつと沸いてくる怒りに押しのけられてしまう。騎士が何か言う前に、シュガルが弾けるように笑い出した。
「お前、最高だな」
そしてレネットの手を引いて食堂から悠々と退場する。取り残された騎士は行き場のない怒りを発散するように喚き散らしていたが、レネットはそれら全てを聞き流した。
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