#2

 翌日、魔術師の青年に身をやつしたアルレクスとグレイを見送ったあと、レネットはイスルと共にグランツ城へと足を運んだ。アルヴィンとすれ違うかもしれないとも思ったが、今日明日は離宮で体を休めているらしく、杞憂に終わった。イスルの後をついて兵舎を回る。皆、イスルのもとで学ぶという騎士見習いを一目見ようと次々と顔を出し、レネットはあっという間に囲まれてしまった。

「名前はなんて言うんだ?」

「レネ……レネスです」

 できるだけ声を低く発するように心がけて、背筋を伸ばして答える。幸い、ゾラの手助けもあって女とはばれていないようである。そのことにほっとしながら、矢のように浴びせられる質問に、ひとつずつ丁寧に答えていく。

「レネス、得意な武器はなんだ? 剣か? 槍か? それとも斧か?」

「え、えと、弓を……」

「弓! 将軍から教わるなら槍だろうが」

「もう引退した。将軍とは呼ぶな」

 イスルが鋭く諌める。だがレネットは気になって、「将軍?」と聞き返してしまった。アルレクスはイスルを槍の師と言っていただけで、将軍などとは一言も言っていなかった。イスルがため息をついたので、レネットはどきりとしてしまう。

「内緒にしておきたかった……」

「またまた、そんな。無理がありますよ、内緒なんて」

 どうやら話を合わせてくれた。レネットが胸を撫で下ろしていると、少年騎士が目を輝かせて語り出す。

「レネスは地方の出か? ちょっともんな。イスル将軍は、先代のアルファルド公王の時代に〈王の槍〉と呼ばれる栄誉を賜ったお方なんだ」

「〈王の槍〉……」

「フォルドラいちの槍使いに贈られる称号さ。同じ王の代には二人として選ばれないんだぜ」

 それは、二人目を許さぬ研鑽が望まれるということでもある。格好良いな、とレネットは素直にそう思い、彼の弟子であるアルレクスもまたそう呼ばれる場面を想像した。〈王の槍〉——格好良い。アルレクスの場合、彼自身が王となるべく生を受けた人間だが、まあ、格好良ければなんでも良いのだ。

「……アルレクス様がご存命なら、次代の〈王の槍〉はアルレクス様をのさなくちゃいけないってんで、ずいぶん壁が高いと嘆かれたもんだったよ」

 テーブルの向こうから聞こえてきた呟きに、その場がしんと静まり返った。誰しもがに口をつぐむ。おい、と騎士の一人がその人物を小突いたことで、レネットは先の発言者が誰か把握できた。

 歳のころはアルレクスよりも少し年上だろうか。顔に向こう傷が一本入っており、その眼差しは鋭く、燃えていた。

「いい加減にしろ。あの人のことはもう忘れるんだ」

「お前たちだって諦められないくせに。大将がどこかで生きてるって期待してる」

「黙れ、傭兵崩れが!」

 その場で乱闘が始まりそうだったのを、イスルが割って入って止める。

「頭を冷やせ小童どもめが。有事や訓練外の私闘は禁錮であるぞ」

 イスルが声を張り上げると、騎士たちは何かを飲み込むように黙り込む。先程まで和やかだった空気が、今は険悪なものになっていた。一旦その場は「お開き」となり、レネットはイスルに連れられて、中庭の長椅子に腰掛けた。

「あの、イスルさん。さっきの人は……」

「やつはシュガル。殿下が預かっていた小隊の隊長だった男だ。殿下から名誉騎士の称号を賜っているが、もともとはマルキアの傭兵でな、ああやってこの国のやり方には馴染もうとせんのよ。……あれがつるむ相手はだいたいわかっておる」

 さすが〈王の槍〉である。引退しても騎士たちとの交流を欠かさなかったことが生きている。レネットは自分がいる意味について疑問を抱きかけたが、すぐさま振り払った。きっと何か役に立てる機会が巡ってくる、はずだ。

「おや、イスル殿?」

 と、歩廊の方を歩いていた人物がイスルの姿を認め、こちらに歩いてくるのが見えた。格式高そうな騎士服を身に纏っており、一目で位の高い人物だとわかる。レネットは慌てて頭を下げた。

 騎士はイスルと懐かしい思い出話に花を咲かせる。話が長くなりそうだったので、レネットはイスルにその場を辞することを申し入れた。二人の会話は徐々に込み入ったものになっていったので、レネットが聞いて理解していい話ではないと判断したのだ。イスルは少し考え込むようにしていたが、人のいない場所には行かないようにと言い残して、騎士に連れられていった。

(よし、これであのシュガルって人を探しに行ける)

 アルレクスには無茶をしないと言ったが、城の中で人を探す程度なら危険ではないだろう。特にシュガルは体格が良い。すぐに見つけられるだろうと意気込んで踵を返すと、後ろから歩いてきたらしい人物とぶつかった。

「あっ! ご、ごめん——」

 足がもつれ、そのままよろける。転ぶ、と思って思わず目を瞑ると、強く腕を引かれて立たされた。

「大丈夫か、嬢ちゃん」

「う、うん……えっ?」

 今は男の格好をしているのに。顔を上げると、面白いものを見つけたような表情で笑うシュガルが立っていた。

「い、いや。わた……僕は違、」

「別にとって食いやしねえよ。その服、大将のだろ。見覚えがある。大将もガキんときはお前くらい小さかったな」

 懐かしそうにそう告げるシュガルに、レネットはどうすべきかおろおろと視線を泳がせた。だがこれは情報を仕入れる良い機会かもしれない、と思い立ち、背筋を伸ばした。

「僕はレネス。さっきはごめ……すみませんでした。お怪我はありませんか?」

「その設定続けるんだな……まあいい。俺はシュガルだ。よろしくな、坊主」

 差し出された手は、アルレクスよりもごつごつとしていて大きい。自分の手がずいぶん細く、小さく見える。そのことに少々複雑な感情を抱きながら、二人は軽く握手を交わした。

「シュガルさんは、アル……えっと……なんて言ったら良いのかな」

 どうやらこの国では、アルレクスの名前は呼べない決まりになっているようだ。レネットが考えを巡らせていると、シュガルはなんでもないように「大将のことか?」と先を促した。

「う、うん。そう。タイショーのこと、どう思って……ますか?」

「どう思ってる、ときたか。直球だな。そうだな……答えてやってもいいが、場所を移そうか」

「あ、その、お城の中でお願い、します」

 とって食いやしない、とは言ったが、警戒しておくことに越したことはない。シュガルは今でもアルレクスを支持している。だがその真意が分かるまでは、信用できるか判断できない。小さな体躯で警戒心をあらわにするレネットを見て、シュガルは鷹揚に頷いた。

「分かってるって。あとその窮屈そうな言葉遣い、やめとけ。シュガルでいい。そうそう、美味しい茶菓子もあるぞ」

「お菓子!?」

「……菓子に釣られて知らないやつにあっさりついていきそうだな、お前」

 うっとレネットは口をつぐんだ。すっかりこの男の手のひらの上だ。そんな不満が伝わったのだろう、シュガルは声を上げて笑った。アルレクスと違ってよく笑う人だ、とレネットは素直な感想を抱く。

「昼時だからな。兵舎の近くに食堂がある。そこでいいか?」

 そこなら、人の目もあるし安全だろう。レネットは頷き、シュガルの後をついていった。

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