#6
フォルドラ中の村々、都市から寄せられた陳情書に実際に目を通しながら、アルヴィンは日付を数えた。フォルドラ中の王侯貴族、
幼い頃は、自分が公王になるなど考えもつかなかった。嫡男であるアルレクスが予定通り即位し、自分は
しかし、戯れに兄と自分の運命を占ったあの日、兄の死の兆しを見た時、アルヴィンが成すべきことは決まってしまった。
何を犠牲にしても、兄の死の運命を覆すこと。万巻の書を
あの日父が燃やした禁忌の書の内容を、アルヴィンは必死に思い出した。そこには確かに、運命を捻じ曲げられるだけの力があった。写本が残っていないか、封書目録を隅から隅まで調べ上げた。そして、見つけた。
この国の未来に必要なのは、兄だ。
皆、病弱なアルヴィンを気遣って、愛してくれる。そして次期公王であるアルレクスには厳しく接する。それが心苦しかった。ただのアルレクスではなく、次期公王の公子アルレクスとしてしか見てもらえない。そのうちに死んでしまうなんて、なんてやるせない人生だろう。
だから、生き延びてほしかった。それが叶うなら、自分の命を捧げてもいいと思えた。
だって、本当に必要とされているのは——いつ病で命を落とすか分からない自分ではなく、兄なのだから。
「陛下」
呼びかけられ、肩を軽く揺さぶられる。はっと目を開けると、エステラが心配そうにアルヴィンの顔を覗き込んでいた。
「お疲れのご様子。今日はもうお休みになられては」
「いや……大丈夫だよ」
公王の仕事は思ったよりも多い。寝る間も惜しんで政策を議論し、民の安寧のためにより良い統治を模索する。諸侯と密に連絡を取り合い、体制を維持する。諸外国との関係も常に意識しなければならない。今は優秀な文官たちがアルヴィンを支えてくれているが——アルヴィンはちらりとエステラを見た。
彼女の嘘からはじまった、いや、彼女の嘘を利用することで仕上げとなった、兄の運命。もしその嘘が白日の元に晒され、兄が宮廷に舞い戻るようなことがあれば、何年もかけて編んだ
少し前、アルヴィンが〈影〉を使ってアルレクスを連れ戻そうとしていた時とは、状況が変わった。兄と共に暮らすことは、エステラの嘘が真実として機能していることを前提に描いた未来だ。
(君のお父上は、君を愛しているから、黙っていてくれると思っていたのだけれど)
どうやらその目論見が、外れつつある。
イゼルエルドは、
(それでは困る)
アルヴィンはふと手を伸ばして、エステラの頬に触れた。ぱっと頬に熱が集まり、エステラは目を伏せる。だが、この胸には何も響かない。
(これは始末しておかないとな)
兄に愛されておきながら、それをはねつけた裏切り者。それを幸せにしてやる道理などないのだから。
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