#4

 翌朝、起こしに来たベルナに開口一番に「主様がそんな甲斐性無しとは思いませんでした」と罵られたアルレクスは、うら若き少女のみさおを守ってなぜ責められなければならないのか、という釈然としない気持ちで食卓についた。

「次は寝酒が要りますでしょうか」

「口にするものを疑わなくてはいけない状況は健全ではないのでやめてくれ、ベルナ」

 しかも正体がない状態でことに及びたくない。生々しい話をぎりぎり薬紙オブラートに包んでするのも避けたい。意味がよくわかっていないレネットに食事を勧めて、したり顔のイスルと向き合う。

「今日の予定だが……」

「ベルナはグレイ殿に会いに行く。儂は……そうですな、レネット殿をお借りしても?」

「私……ですか?」

 レネットが思わず顔を上げ、アルレクスは眉根を寄せた。できれば屋敷に留めておきたいというのが正直な気持ちだ。しかしイスルは、アルレクスこそ屋敷に留まっていてほしいと言う。

主上しゅじょうは目立ちすぎます。御髪おぐしを染めたくらいでは、お顔立ちや話し方ですぐにわかってしまいます。ここはレネット殿に、儂の従騎士として情報を集めてもらうのが良いかと。主上のお召し物を出しますゆえ」

「私の服か。なぜ残っているんだ?」

 槍の修行のため、この屋敷に泊まりがけで稽古をつけてもらったことが確かにある。しかしその時の服を取ってあるとは思いもよらず、アルレクスは驚くやら呆れるやら、それにイスルは慈愛を込めて微笑んだ。

「畏れ多くも、主上のことを、儂は孫のように思っておりましたので。予言によって主上が日向から葬られた日から、皆、あなた様を忘れよう、その名は二度と口にすまいと暮らしておりましたがゆえ、あなた様が生きていたという証を捨てるわけには参りませんでした」

「イスル……よもやお前からそのような言葉を聞くことになろうとは」

 アルレクスの記憶の中のイスルは、特に槍の稽古に関しては亡父以上に厳格だった。ゆえに、孫のように思われていたとは露ほどにも気づかずにいた。それに、イスルは笑みをこぼす。

「もう、公子ではないと仰っていたでしょう。ですから、あなた様を王のしきたりに縛り付ける必要もないと思いました。このような状況でなければ、憎まれたままでいいと考えていたのですが」

「憎むなど。あの事件があろうとなかろうと、私にとっては……イスル。は父と呼べる存在だった」

「まことに畏れ多いことです。……と、話が逸れましたな。ベルナ、レネット殿の支度を頼む」

「お任せください」

 食事を終える頃、ベルナはまたレネットを化粧部屋に連行していく。すっかりレネットのことが気に入ったようだ。

「して、主上。陛下の……アルヴィン様のことですが」

 イスルの言わんとしていることを察して、アルレクスは頷く。アルヴィンが支払わなければならない代償、それを帳消しにしたあとで、彼の処遇をどうするのか。

「ここに来るまでに、アルヴィンの統治を見てきた。弟は良くやっているようだな」

 アルレクスとアルヴィンは幼い頃から国の未来を語り合い、共有してきた。アルヴィンはそれをしっかりと実践している。豊かな暮らしが国の端々まで行き渡っているとはいえないが、十年前に比べれば、人々の暮らしは向上している。各領に通達してあった穀物の備蓄のおかげで、一昨年の飢饉も乗り越えられたという。

「国はこのまま、弟に任せる。弟が犯した罪は、王として民に尽くすことで償ってもらおう」

「主上は……いかがなさいます」

「私は、もはや死んだも同然。予言の虚偽が明らかになったとしても、受け入れられるとは思えん」

「そのような……」

 アルレクスは首を横に振った。

「人々が選ぶのは、〈予言の王〉か、〈善良なるおう〉か? どう思う、イスル」

「それは……実際には、後者でございますな。であればこそ、これまでアルファルド様を助け国を支えてきた主上こそが……、いえ、出過ぎたことを申しました」

「お前の気持ちはありがたい。だが、私自身がどう生きていくかは……」

 ふと、昨日夢想した未来を心に思い描いた。レネットと二人、自分たちのことを誰も知らない国で生きていく。それが出来たら、どんなに良いか。

「彼女と相談して決めたい。彼女がもっとも幸せに生きられる道を。それが、私の願いだ」

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