#2
二人の会話をぼんやりと聞いていたレネットは、水を向けられて茶を飲み損ねそうになった。あわてて茶器を置いて背筋を伸ばす。
「れ、レネットと申します。アルルと一緒に旅をしています」
声が裏返る。誤魔化すように軽く咳払いをすると、イスルが目を細めて笑みを深めた。
「これはこれは……可愛らしい。もしや……儂に御子を見せてくださるのですかな」
しん、とその場が静まり返る。レネットは「おこ」の意味が一瞬分からず首を傾げていたが、はっとその意味に思い当たり立ち上がってしまった。
「こっ子供!?」
「イスル、からかうな」
「ははは、これは失礼」
顔を真っ赤にしているレネットに座るよう促しながら、アルレクスは話を進める。
「アルヴィンはレネットを敵視している。連れてくるのは迷ったんだが……」
アルレクスはそこで一旦口をつぐんだ。続く言葉を探すように、視線を彷徨わせる。
「……私が、離れがたかったのだ」
話を進めようと思ったら蒸し返してしまったことに、アルレクスはこめかみを押さえた。その様子にイスルは目を丸くして、レネットとアルレクスを交互に見つめる。
「おや……なんと……まあ……長生きはするものであるなあ、ベルナよ」
「私、殿下の御子のお世話をするのが夢だったのです。まさか叶う日が来ようとは」
「こ、子供……」
「とにかくだ、」
あらぬ方向に行こうとする会話を、アルレクスは手を振って本筋に戻す。
「アルヴィンが犯したという禁忌……その詳細を知りたい。協力してくれないだろうか」
アルレクスの申し出に、イスルは表情を引き締め、即座に頷いた。そして席を立ってアルレクスの足元に跪く。ベルナもそれに続いた。
「御命令ひとつあれば、この老体、この身砕けようとも
「なんなりとお申し付けを」
臣下の礼を崩さぬ二人を、アルレクスはやや複雑そうな表情でみやる。
「……感謝する。お前たちならそう言ってくれると思っていた。やや心苦しくはあるがな……」
屋敷に他に人がいない様子を見るに、祖父孫二人で隠棲していたことがうかがえる。そんな二人を巻き込むことに、アルレクスは抵抗を覚えた。しかしイスルは首を横に振って、お気に召されるなと続ける。
「爺孫ともにまたお仕えすることができるとは、望外の喜びでありますれば」
「お世話こそが
ベルナの視線はレネットに向いている。レネットがひっと肩を震わせると、「怖くありませんよ、少し綺麗にするだけです」とじりじりと近づいていく。長旅で薄汚れていることを本人も気にしていることを思い出し、アルレクスはそのままベルナに風呂に連行されるレネットを見送った。
「ありがとう。……もう一人会いたい人間がいる。グレイはまだ〈塔〉にいるだろうか」
〈塔〉——
アルレクスがグレイと呼ぶ青年、魔術師グレイハーストはいわゆる神童で、当時弱冠二十二歳という若さで賢者と呼ばれ、アルレクスの相談役を務めた優秀な魔術師だった。彼なら、禁忌の書物について何か知っているかもしれない。
「魔術書は〈塔〉で管理されておりますからな。やつはシルヴァンデールに里帰りしまして、先日戻ってきたばかりです」
どうやらアルヴィンは、グレイのことも見逃してくれたらしい。アルヴィンはグレイと魔術についてよく意見を交換していたからかもしれない。その関係が今も続いているかは不明だが、彼の協力を得られれば効率よく情報収集ができるだろう。
「連絡が取れるといいのだが」
できれば内密に接触したい。アルレクスとイスルがああでもないこうでもないと考えを巡らせていると、レネットを風呂に入れてきたベルナが事情を聞いて、そういえばと手を打った。
「
アルレクスは思わずイスルを見た。イスルは首を振って「初耳です」と答えた。確かにベルナは、身内の贔屓目があるにしても美人な方だ、言い寄る男がいてもおかしくはない。しかしその相手がまさか、あの研究が恋人とでも言うような魔術おたくのグレイだとは。
「……家に来てくれ、だけでは多大な誤解を招きそうだから、きちんと私が待っていることを伝えてくれ」
「御意」
アルレクスがそう言うと、ベルナは再びレネットの世話をするために部屋を出て行った。
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