エピローグ 誘いの魔女に口づけを

#1

 一夜明けて、レネットの呪いが解かれ、それを成したのがアルレクスであることは村中に知れ渡った。レネットは妖精の呪いが解かれる条件を秘密にしていたようだったが、レネットの態度でそれもまた公然の秘密となった。アルレクスは大人であったために素知らぬ顔を貫き、当然の権利のようにレネットの隣に陣取っている。

 アルレクスの弟という存在が引き起こした今回の事件について説明を求められ、皆が広場に集まっていた。アルレクスは「村がこれ以上危険にさらされないために、全ては話せない」と自分の身の上を隠しつつ、国を追われた身分であること、弟が自分を連れ戻そうとしていること、そのためには手段を選ばないことを話した。説明していない部分は各々が勝手に想像で補完してくれたようで、何やら壮大な、一種の貴種流離譚きしゅりゅうりたんが織り上げられていた。

「それで、私はやはり山を越えてシルヴァンデールに行こうと思うんだが」

 アルヴィンも最後の機会と言っていたように、シルヴァンデールに入ってしまえば容易には追っては来られない。飛竜を駆ってもかなりの長時間飛び続けることになる上に、大人数は送り込めない。アルヴィンの執着を侮ってはいけないとも思うが、アレストリアに留まるよりはずっと安全だ。

 アルヴィンのことでは、もうひとつ気になっていることもある。それは、彼が捻じ曲げたという運命の話だ。アルヴィンはそのうちに自分も代償を払う、命が滅びるまでそばにいてくれと言っていた。額面通り受け取るなら、おそらくアルヴィンは遠くない未来、禁忌の代償に命を落とすのだろう。アルレクスの死の運命を変えたがために。

「……故郷に戻る選択肢も考えている」

「それは、避けるべきでは」

 ロイクが眉尻を下げる。

「詳しくは存じませんが、政争に巻き込まれることになると思います」

「承知の上だ……」

 だが、もしアルヴィンが、アルレクスを生かすために死を迎えなければならないのだとしたら。それは兄として、放っておくことはできない。

「どちらに向かうにしても、皆と会うことはもうないだろう。兄弟喧嘩に巻き込んですまなかった」

「兄弟喧嘩で済ませて良いのかなあ……」

 レネットが呆れ顔でつぶやく。続けて、マルスランが顔を歪めた。

「おわかれなの?」

「そうだ。短い間だったが、世話になったな」

 アルレクスに頭を撫でられて、マルスランはぼろぼろと泣き始めた。アルレクスはぎょっとして慌ててマルスランを膝の上に乗せ、背中をさする。

「私は? 私もお別れなんだけど、私は?」

 レネットは本人が強く希望して、アルレクスの旅に着いていくことになった。シルヴァンデールに行くにしてもフォルドラに戻るにしても、「愛してるって言ったのに置いていくなんてあり得ない」と食い下がった結果だ。

「もちろん、レネットがいないと寂しくなるよ」

 ロイクが俯く。むしろ、レネットとの付き合いが長いぶん、別れが辛いのはこちらの方だろう。

「手紙を出すよ」

「字、書けないのに?」

「アルルに教えてもらうから」

 ヴェールやフードで隠されていないレネットの笑顔を見て、アルレクスも自然と微笑みを浮かべる。その様子を見て、ロイクはひどく曖昧な表情をした。

「人前でいちゃつかないでくれますか」

「い、いちゃついてなんかないんだけど!?」

「若いねえ」

 ノーラ婆がしみじみと告げる。レネットは頬を染めたが、隣に座っているノーラ婆の肩に軽く寄り掛かるように身を寄せた。

「おばあちゃん、今までありがとう」

「子供が大きくなるのはあっという間だよ……お前の人生だ、楽しくやりな」

 ノーラ婆はレネットの頭を愛おしそうに撫で、そしてアルレクスの方を向いた。

「おてんば娘ですが、よろしく頼みます」

「お任せください」

 村人ひとりひとりに挨拶を済ませ、二人は旅支度を整える。行き先はともかく、まずは大きな街で足りないものを買い足さなければならない。旅の計画を立てるというだけで、レネットは楽しそうにしていた。

「遠足に行くのではないからな」

「分かってるって」

 翌日の朝、二人は一番近い街へと出発した。ノーラ婆を先頭に皆に見送られ、レネットは彼らが見えなくなるまで何度も振り返って手を振った。村が見えなくなり、なだらかな丘をゆっくり歩む。流れる雲の白さと抜けるように青い空が眩しく、アルレクスは目を細めた。


 呪いは愛によって解かれる。さまざまな時代、さまざまな形で。そして、これからも。

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