#5
ごぼ、と音を立てて、アルヴィンの口から鮮血が滴り落ちた。その手から剣が滑り落ち、炎が消える。
アルレクスが槍を引き抜くと、アルヴィンは前のめりに地面に倒れた。瞳からすっと光が消える。瞳は青ではなく、茶色に戻っていた。
『……負けちゃった』
切り裂かれた喉が音を発することなどないのに、明瞭な声が響いた。
『今のはつらかった。これ、
ごほごほとひどく咳き込む気配がする。目の前の体は既にぴくりとも動かないのに、不気味な光景だった。
『ああ……つらい。兄さん、どうして、僕を拒むの……』
その言葉を最後に、アルヴィンの気配は消えた。アルレクスはしばらく遺体が急に動き出さないか警戒していたが、傷が首の呪印に達していたのを確認して、構えをといた。大きく息をつくと、少し離れたところからどよめきがあがる。
村人たちと妖精が囲んでいた"影"たちが、包囲を抜けて散り散りに逃げ出したのだ。おそらく、アルヴィンの命で帰還するのだろう。追おうとする村人たちを止めて、"影"が報復のために村へ向かっていないことを確認したところで、アルレクスはレネットを振り返った。
「とんだ無茶をするな、君は——」
レネットは慌ててフードを掴んで引き下げた。そこへ、マルスランとロイクが走って戻ってくる。
「危ないって言ったのに……二人とも、大丈夫ですか」
「レネットのおかげで命拾いをした。……ロイク、マルスランを連れて皆のところへ」
死体をマルスランに見せないように立つと、ロイクは頷いてマルスランを連れてその場から離れた。それを見やってから、レネットへ声をかける。
「肝が冷えたぞ」
「……どうして?」
まさか理由を聞き返されると思わず、アルレクスは瞬時に反応できずに固まった。質問の意図が掴めず、首を傾げる。
「どうして、とは?」
「わ……私が危ないと……どう不都合があるの?」
む、とアルレクスは眉根を寄せた。
もし、あの場でレネットが命を落とすようなことがあったら。
「……それは、耐え難い痛みであると思う。身を切られるよりも。だから、無事でよかった」
行こう、とレネットの手を引いて歩き出す。レネットは大人しく着いてきた。丘を下る間、二人は一言も喋らなかった。
「もっと、わかりやすく言ってもらえると、嬉しい」
村へ戻る道すがら、レネットがぽつりと呟いた。それに、足を止める。
「わかりやすく……先ほどのはわかりやすくなかったか?」
アルレクスとしてはかなり直接的に言ったつもりだった。だが、レネットは不安らしい。ふむ、と
「レネット」
「う、うん」
びくりとレネットの肩が跳ねる。もじもじそわそわとするさまは、なんとも愛らしい。
「君が、弟に殺されるかもしれないと思った時、私の胸の内には、確かに火が灯った。……守りたい。失いたくない。そういう、強い気持ちだ」
「それは、私が守るべき子供だから……?」
「違う。どう言ったら伝わる?」
繋いだ手を、アルレクスは口元に引き寄せた。指が唇に触れるとレネットの顔が真っ赤に染まり、あ、とかう、とか不明瞭な言葉の切れ端をこぼしながら、空いた片手で胸元を握り込んだ。
「あ……」
「あ?」
「愛してる、と」
ああ、確かに、この胸には確かな火が灯っている。その言葉だけで、こんなにも温かい気持ちになれるのだから。
「愛している」
向き直ってそう言葉にすると、レネットはへなへなとその場に座り込んでしまった。フードをぎゅっと引き下げて赤い顔を隠そうとするので、アルレクスは跪いて手を伸ばし、レネットの熱い頬に触れた。
「レネット、目を閉じろ」
優しく囁くと、レネットはフードを掴んでいた手を離した。フードをおろすと、ぎゅっと目を瞑り、口を引き結んだ顔があらわになる。その唇に、アルレクスはそっと、触れるだけの口づけを落とした。
顔を上げると、レネットが丸い緑色の目を見開いてアルレクスを見つめていた。
「そんな色だったのか。私と同じだな」
「同じ色……」
レネットがはっと目を瞬き、ぺたぺたと目の周りを触る。
「アルル、なんともないの? どきどきしたりしない? 私のこと好き?」
「どきどきしているし、君のことが好きだ」
「大変、まさか呪い——え?」
「君を愛している。心から」
こうして、誘いの魔女にかけられた妖精の呪いは解かれた。
まことの愛の、口づけによって。
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