#4
アルヴィンは立ち上がった。そして、観測窓を引き上げる。無数の星が煌めく空を、アルヴィンは指さした。
「星には意思がある。星を読むものたちは、そう教えられる。そして、経験するんだ。星の声を聞くんだよ」
それは、
「僕は、兄さんを失う。それが、星の定めた……運命だった。だから、僕は運命を変えようと思った。それだけの力が、あの書物にはあった。僕は運命を書き換えた。書き換えて、しまった。未来が変わった。さまざまなものを引き換えにして」
途方もない話に、アルレクスはついていくのがやっとだった。そんなことが人の身に可能なのか。それこそ、神の領域だろう。あるいは、彼は
「僕もそのうちに代償を払う。僕の命が滅びるまで……一緒にいてよ、兄さん」
それは、懇願だった。アルレクスは身を捩り、なんとか体を起こす。
「アルヴィ——」
「アルル、目を閉じて!」
と、その時、窓の外から何かが投げ込まれた。聞き覚えのある声に、アルレクスは指示に従い目を瞑る。その瞬間、瞼を光が焼いた。ついでに発煙筒も投げ込まれたらしい、煙が広がり、 アルヴィンが咳き込む。
「ごほっ、な、何!?」
外が俄に騒がしくなる。金属が弾き合う音が響き、村人たちの怒声が聞こえる。そして煙に紛れて誰かがアルヴィンのそばに跪き、両手足を縛っていた縄を切った。
「……ロイク!」
「外へ!」
目を開けると、ロイクがアルレクスの手を引いた。また頭がぐらついたが、なんとか観測所の外に出る。するとフードを目深におろして目元を隠したレネットとマルスランが裏手から走ってきた。どうやら窓から色々投げ込んだのは彼女たちだったらしい。
「アルル、大丈夫!? 助けに来たよ!」
「レネット、マルスランまで。なんて無茶を」
アルレクスは慌ててあたりを見回す。確かアルヴィンに使える"影"たちが少なくとも三人はいるはずだ。全員手練で、戦う術のない農民たちでは歯が立たない——そう思って姿を探すと、はたして彼らは一人ずつ、農具を手にした村人たちと、小さな光に囲まれていた。
「あれは、妖精?」
「呼んだの! ミートパイで釣ったわ!」
妖精は肉食らしい。だが、助かった。ロイクは近くの茂みからアルレクスの荷物を引き摺り出すと、長槍を両手に戻ってくる。
「どうぞ」
「ありがとう、ロイク。助かった。ここは私に任せて君たちは——」
言い終わらないうちに、背後の観測所で爆発が起こる。咄嗟にアルレクスは三人を背後に庇った。元素が膨れ上がり、炎が空を舐める。ぱらぱらと降ってくる木片を手で払い、アルレクスは受け取った槍をくるりと手の中で回して、構えた。
「ああ、もう、どうして邪魔ばかり入るんだ」
燃え盛る建物の中から、アルヴィンが現れる。腰の剣を抜くと、剣身が炎のように揺らめいた。アルヴィンはさまざまな魔術が使えるが、とりわけ火の元素を操ることに長けている。どうやらアルレクスがいなかった三年の間に、彼はそれを実戦で実用できるまでに鍛えたらしい。
油断できない。アルヴィンは優秀な魔術師であるが——その剣の構え方には隙がない。
「……私との稽古では、剣などまともに持てなかったと記憶しているが」
「そうすれば、兄さんは僕を『か弱い弟』と思ってくれるでしょう?」
なるほど、演技だったというわけだ。アルレクスは腰を落として踏み込む隙を探りながら、後ろのロイクに声をかける。
「ロイク、二人を連れて逃げなさい。弟は君たちを巻き込むことを躊躇わない」
「兄さんに怪我はさせたくないんだけど。ああ、でも、そうか、その女、もしかしてあの髪の……それは殺しておかないとね!」
「走れ!」
アルヴィンが大きく剣を振るうと、その軌跡を追うように炎が迸る。真っ直ぐレネットへと向かうそれを、アルレクスは正面に出て槍で薙ぎ払った。ロイクがレネットとマルスランの手を引いて走り出す。
「アルルっ、」
「足手まといになるから!」
三人が近くを流れる小川の方へ走っていくのを確認して、アルレクスは地面を蹴り、アルヴィンとの間合いを一気に詰めた。鋼と鋼が弾き合い、甲高い音を立てる。刃が交わるたびに火花が散った。
「あの女、兄さんの何?」
「お前には関係ない」
据わった目で訊ねるアルヴィンに、アルレクスは短く答える。こんな問答に真面目に付き合うだけ無駄だ。
しかし、予想以上にアルヴィンは強かった。もしアルヴィンが生身でここに立っていたら、単純に筋力の差で押し勝てただろうに。
「まあ、兄さんと本気でやりあえるのは、純粋に楽しいな」
「あまり喋ると舌を噛むぞ」
アルレクスはアルヴィンの剣を跳ね上げると、ぐるりと槍を回転させて、鳩尾に石突を叩き込んだ。衝撃で肺から空気が押し出され、アルヴィンは地面に
「どんなに精強な肉体だろうと、急所は急所だ」
呼吸もままならない様子で蹲るアルヴィンの首めがけて、アルレクスは槍を一閃させる。
躊躇をしてはならない。この肉体はアルヴィンのものではない。呪印を破壊し、憑依を解く。それで終わりだ。
「——兄さん、」
だが、その、哀れみを乞う声に、一瞬の迷いが生じてしまう。
(しまっ……)
手落ちを自覚した時には、白刃が閃いていた。おそらく、腕が飛ぶだろう。
その瞬間、二人の間に割って入った影があった。
「レネット——!」
まさか盾になるつもりか、と手を伸ばす。
だめだ。どくん、と心臓が脈打つ。レネットの命が失われる。そう思った瞬間、かっと胸が熱くなった。
——私、あなたのことが好きなの。
そんな理由で、命まで投げ出して。そんなのは、だめだ。耐えられない。
だが、レネットはフードを掴むと、それを勢いよく剥いだ。
「死ぬなんてごめんだから!」
アルヴィンの目が見開かれる。レネットの金色に輝く妖精眼をまともに見てしまったのだ。魔術による干渉が、剣先を鈍らせる。その一瞬生まれた隙を、アルレクスは見逃さなかった。
レネットの肩を掴んで後ろに庇いながら、槍を突き出す。そして、穂先は過たずアルヴィンの喉を貫いた。
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