第5章 人は、まことの愛を求め

#1

 夜の空気に白い吐息が滲む。首を裂かれて動かなくなった死体を、念のために爪先で蹴り上げて、絶命しているかを確認する。この森に入った時うろうろとしていた浮浪者だ。情報を聞き出す前に殺してしまったのは惜しかった。

 崩れかけの管理小屋に人はいなかったが、最近までここで生活が営まれていた痕跡があった。藁が敷かれた寝台の上に無造作に置かれた毛布を調べると、女のものらしい長い茶色の髪の毛が見つかる。他にも何かないか調べていると、部屋の隅に赤い髪が落ちていた。

 赤い髪は、フォルドラの人間にとって、王の証だ。どうやら"悪虐の貴公子"はこの近辺にいるらしい。なぜこのようなところに彼が滞在していたのかは不明だが、女の匂いがする場所にいたということは——と、やや下世話な想像が脳裏を掠めて、顔をしかめた。

「兄さんはそういう節操ないことはしないよ」

 とつぜんひとりでに口が動き、慌てて手で押さえる。次の瞬間、全身が糸で吊るされ繰られるような感覚に陥る。が、呪印を通して自分の体を操っているのだ。

「ようやく会える。ああ、楽しみにしてたんだ。公務を調整しないといけないな。みんな優秀だから、僕が一日二日休んだくらいでは政務が滞ることはないしね。うん、いい臣下を持った。それなりに頑張ってきたから、僕の統治に文句を言うやつも殆どいないし、日頃の行いだね」

 両腕を広げてくるくるとその場で回る。意識が彼方に引っ張られていくのを感じた。

「というわけで、お前の体を借りるよ。ふふ、元気で病気を気にしなくていい体は、こんなに軽いんだね」

 その一言で、ぶつりと意識が完全に途切れた。諸手を掲げたままぴたりと止まった体は、やがて腕を下ろしてくすくすと笑いだす。

「兄さん。兄さん。兄さん。今迎えにいくからね」

 上機嫌で剣の柄を撫でる。夕餐には少し遅い時間にも関わらず、煮炊きの煙が上がる村へと、歩みを進めた。

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