第4章 想いの行方

#1

 好きな人に、好きな人がいた。

 よくあることではあるが、恋愛という経験自体が少ないレネットにとっては大問題であった。

 日が昇り、アルレクスは村に戻って行ったが、レネットは彼を捕まえてもっと詳しい話を聞きたい気持ちだった。

「エステラって誰よその女!? ……婚約者だったって言ってたっけ」

 星読みドルイドで、宰相の娘で、政略結婚。おそらく美人でアルレクスの好みである。だがアルレクスではなく、彼の弟を愛したという。

 なんと見る目がない。

 惚れた贔屓目ではないが、アルレクスは高潔で優しい人だとレネットは思っている。レネットを子供扱いするのには不満があるが、それは彼が大人として手本を見せ、レネットを守ろうとしてくれているからだ。

 アルレクスは弟のアルヴィンとやらもやたらと庇うが、レネットからしてみればあまりにも身勝手に思える。兄から愛されていることをいいことに、やりたい放題ではないか。いや、弟のことは一旦脇に置いておこう。そのエステラとかいう、アルレクスからの寵愛を受けながらそれを放り捨てた冷血女のことである。

 しかし悔しいが、アルレクスの胸の内の椅子には、いまだにその女が座っている。アルレクスから女として愛されたいと思うなら、そこからエステラを引き剥がすしかない。それができなければ、レネットの恋は惨敗だ。

「絶対、振り向かせてみせる……!」

 レネットの頭からは、すでにきっかけであり最大の問題である妖精の呪いのことはすっこ抜けていた。

 妖精の呪いを解いてもらうために近づいたはずが、そんなことは抜きに愛されたいと思ってしまっている。

 彼が自分の名前を呼ぶのが好きだ。

 優しく頭を撫でてくれるのが好きだ。

 温もりや時間を共有しようとしてくれるのが好きだ。

 笑いかけられたい。

 その悲しみに寄り添いたい。

 かなうならずっと、一緒にいたい。

 そのためには、与えられなかった愛情を求めるようではだめなのだ。

「大人にならなきゃ……」

 レネットは去年、儀式を終えて村の大人の仲間入りを果たしている。だが、そういうことではない。大人になるということは、今まで来ていた服を脱ぎ捨てて新しい服へ着替えるというものではないのだ。

 アルレクスが持ってきてくれたパンをなんとかちぎって口の中に放り込み、ゆっくり咀嚼する。作戦を考えるのに、空腹ではいけない。レネットは自分があまり頭の良い方ではないと自負しているが、はじめて勉強の有用性を感じた。ロイクのように書物を読み、思考を養うべきだったかもしれない。

(……ロイクは、大人だな)

 レネットはロイクの愛を受け入れなかった。だが、ロイクはそれをよしとした。あのヒースの花が咲く場所で、ロイクはわずかなやり取りから、レネットのアルレクスに対する想いを汲み取ってくれた。愛してくれるなら誰でもいいわけではないと、レネットも気づくことができた。アルレクスだから好きになったのだ。ロイクが、レネットだから好きになったのと同じように。

 だがロイクはおそらく、レネットではない他の誰かを好きになれる。一足先に、彼は大人になったから。

(でも、時間がない)

 アルレクスはノーラ婆の怪我が治るまでの間しか村には滞在しない。伝え聞くノーラ婆の怪我の具合からして、レネットに残されている時間はあと一週間もない。

 ……もし、旅について行きたいと言ったら、アルレクスは連れて行ってくれるだろうか。

 ノーラ婆のこと以外で、レネットがベルディーシュ村に拘り続ける理由はない。村人たちはレネットを忌避しているし、妖精の加護があるとはいえこんな森でずっと暮らしていけるわけもない。

 今夜、聞いてみよう。

 ひとまず目下の予定を立てて、レネットは引き続き作戦を練ろうと思考を巡らせる。と、妖精たちがアルレクスの再訪を告げた。

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