#5

 ロイクとレネットを引きあわせるのに、アルレクスは相当苦労した。ロイクの両親は厳しく彼の勉学を監督していたので、ロイクは日中に家から出ることはほとんどない。レネットがロイクのことをまったく認識していなかったのもそのせいだろう。しかし、ロイクの両親が寝静まるのを待って夜の森に出かけるのは危険だ。そこで、勉強の息抜きにロイクに薪集めをしてもらうという体で、アルレクスはロイクを連れ出すことに成功した。

 ヒースの花が咲く場所でレネットともにロイクを待っていると、ロイクは時間よりも少し早く現れた。少し頬が赤いのは、寒さからか、あるいは緊張からか。レネットが木陰から姿を表すと、駆け寄ってきた。

「レネット」

「ま、待って、ロイク。触れないで。ヴェールが落ちたら大変だもの。私が呪われてるって、知ってるでしょう」

 レネットはロイクの手を逃れ、アルレクスの背中に隠れてしまう。ロイクは少し傷ついたような表情を見せたが、すぐに頷いた。

「ごめん。でも、呪いなんて怖くないから」

「どうして?」

「もう君のことが好きなのに、魅了の呪いなんて意味ないじゃないか」

 レネットが押し黙った。そして、アルレクスの外套を広げると中に入ってしまう。驚いたのはアルレクスだった。

「レネット?」

「恥ずかしいの! そういうこと真面目な顔で言わないで!」

「わざわざ隠れずとも、君の顔はロイクには見えていないが……」

 外套の下からレネットを押し出し、ロイクと対面させる。レネットはたじろぎ、居心地が悪そうにしていた。ロイクはレネットが恥じらう姿に少々驚いているようで、アルレクスを見やる。

「花も恥じらう乙女だそうだ。……話が聞こえない程度に離れるから、何かあれば大声で呼べ。まあ、レネットには妖精がついているから大丈夫だろうが」

 ロイクが頷いたのを見て、アルレクスはその場から離れる。

 ふとちらりと振り返って様子を伺うと、ロイクがレネットの手をとって、その甲に口づけを落とした。

 それはさながら一枚の絵画のようで、パズルのピースがあるべき場所に収まったような、そんな思いを抱かせた。

(これが、在るべき形だ)

 アルヴィンとエステラが言葉を、口づけを交わしていたのを見た時も、アルレクスは同じことを思った。エステラがあんなに幸せそうに笑うのなら、きっとそれが、ふさわしい結末であっただけの話だと、悲しみはあれど、すとんと腑に落ちてしまった。そして今も。

 二人に背を向けて、アルレクスはしばらくぼうっと立ち尽くしていた。気を張っていなくてはならないのに、頭に衝撃を受けたような気分だった。

 こんなに胸が苦しいのは、過去の痛みを思い出したからだ。レネットだから、ではない。そうであってはいけない。

「アルル、」

 強く握り込んでいた拳に、細い手指が触れた。驚いて振り返ると、レネットがアルレクスの手をとって、アルレクスを心配そうに見上げていた。

「何度か声をかけたんだけど、反応がなかったから。大丈夫?」

「……すまない。少しほうけていた。話は終わったのか?」

 二人がいたところを見るが、ロイクの姿はすでになかった。レネット曰く、薪を持ち帰らないといけないからと先に帰ったという。

「ゾラをついていかせたから平気。……あなたとも、話したくて」

 レネットが少し強く、アルレクスの手を握った。その手を、やんわりと振り解く。

「話すことはない」

「……アルル?」

 小屋に戻りなさいと一言告げて、アルレクスは歩き出す。それを、レネットが慌てて追う。

「待ってよ! ねえ、私、怒らせちゃった?」

「怒ってはいない」

 レネットが走ってアルレクスの前に回り、縋るように懇願した。

「なら、話、聞いてほしい」

 アルレクスは迷った。ロイクが去り、レネットは話があるという。そこから推察するに、ロイクはおそらく、レネットの愛を勝ち取れなかったのだ。なぜ、と小さく呟きが漏れる。

「あのね。ロイクの気持ちは嬉しいけど……でも、直接話して、はっきりしたの。呪いを解ける人なら誰でもいいわけじゃないよ。アルル、私、あなたが好きなの」

 アルレクスはいよいよ混乱した。レネットがアルレクスに示す好意に、アルレクスは心当たりがない。確かに世話を焼いてはいるが、それは兄姉が弟妹にするようなものであって、勘違いされては困るのだ。

「君くらいの年頃の子は、力のある大人に憧れるものだ。自由ではないから。自由な大人に恋する。だが、君もいずれ——わかる」

「それはあなたの考えでしょう。私の気持ちを決めつけないで!」

「物事にはというものがある!」

 つい、声を荒げてしまった。レネットは口を噤み、そして、声を震わせた。

「じゃあ、私の気持ちは、間違いなの?」

 しまった、とアルレクスは思った。彼女を遠ざけるにしても、これはひどいやり方だ。ヴェールの下から何かがきらりとこぼれ落ちていくのを見て、アルレクスは息を呑んだ。

「レネット——」

「もういい!」

 先ほど自分から振り払った手を、傲慢にも取ろうとして、拒まれる。涙するレネットが走り去るその背中を、アルレクスはただ呆然と見送ることしかできなかった。

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