#3
「手紙か?」
アルレクスはロイクに確認の意味をこめて訊ねた。
「直接会って話せばいいだろう」
「勢いで言い負かされるのは嫌なので」
容易に想像ができた。自信満々に自分が言い負かされることを前提に話すロイクには一種の逞しさが垣間見える。
「まあ……いいんじゃないか。それを届ければいいんだな?」
ロイクの両親は、息子が誘いの魔女と会うことを良しとしないだろう。アルレクスが先を進め、ロイクが頷く。
「はい。でもレネットは字が読めないので、あなたが読み上げてください」
「それは……いいのか?」
字が読めないと言うこと自体はそれほど驚くことでもない。都市ならまだしも、寒村の、それも女なら、婚姻時の誓約書に署名する自分の名前しか書けないし読めないということがざらにある。ゆえに書類や手紙を代筆・代読する職業も存在し、恋文を扱うことももちろんある。だが、自分が任されても良いものかとアルレクスはロイクの様子をうかがった。
「あなたは協力者ですし、問題ないです。誰かに見られて恥ずかしい内容にはしません」
「健全でよろしい。では、草稿を上げてくれ」
ロイクが一筆したためている間、アルレクスは彼の本を読ませてもらうことにした。
部屋の四方に置かれた本棚にはみっちりと本が詰まっており、分野ごとに規則性をもって収納されている。最も多いのは歴史に関するもので、次いで天文だった。
占星術が盛んなフォルドラと同様に、アレストリアでも天文学が発達している。フォルドラでは星辰の運行から〈
(天文学はさっぱりだな。こういうのはアルヴィンの方が詳しい……)
次期公王としてアルレクスが主に力を入れていたのは、政治や歴史、統治に関する学問だった。
全く知識がないわけではないが、それはアルヴィンが毎日話して聞かせてくれた断片的なものだ。もしここに弟がいれば、丁寧に一行ずつ教えてくれたに違いない。かつてそうやって過ごしたように。
しばらくペン先が紙の上を滑る音と、
「……これは、なんだ」
「恋文です」
「論文ではなく?」
先ほどアルレクスが呼んでいた本の補遺かと見紛う堅苦しい文が、そこには並んでいた。
「もっと……情緒というものを含ませろ。私は査読官になった覚えはないぞ」
「と言われても。文学的な表現は苦手です……」
アルレクスは一旦その『学術的知見に基づく恋愛的取引についての考察』を脇に置いて立ち上がると、ロイクが座っている方へ歩いて回り、ロイクの後ろから手を伸ばしてペン先にインクをつけた。
「私が教えてやる」
「恋文、書いたことがあるんですか?」
一拍置いて、アルレクスは新しい便箋を机に広げた。
「今はそんなことはどうでもいいだろう」
「経験、成果の有無は出来上がりを左右すると思います」
「
「せめて
「書き始めはこうだ」
ロイクは不安そうにアルレクスの顔を見た後、便箋に綴られる文字の美しさに目を瞠った。
「……綺麗な字です。代筆してもらっていいですか?」
「自分で書け」
まるでお手本のような書体に、詩的な表現。しかしくどくなりすぎないような言い回しを心がけ、しっかりと想いが伝わるようにする。
「相手のどこを褒めるかは性格による。容姿について触れられたくない御令嬢もいれば、お決まりの文句を嫌う場合もある。レネットは……綺麗だ、とか言うよりは、愛らしいと表現したほうがいいだろうな」
「なるほど……これはなんという単語ですか?」
「
それはアルレクスの故郷での言い方だ。きっと伝わらないだろう。首を捻るロイクを見て、アルレクスは不思議と笑みが溢れた。
こんな風に、幼い弟に文字を教えたこともあった、と。
「……寂しそうに笑うんですね」
そうか、と曖昧に返事を濁す。
結局、ああでもないこうでもないと言いながらなんとか手紙に封をする頃には、日が暮れかけていた。
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