#5
マルスランはアルレクスに連れられて上機嫌で村に戻ったが、泣きじゃくるモニカに思い切り頬を張られた。褒めてもらえると思い込んでいたのか、母親の仕打ちに戸惑い、強く抱きしめられてようやく「心配をかけた」と気づいたらしかった。
アルレクスも同じく責めを受けることを覚悟していたのだが、マルスランがアルレクスやレネットを庇って「自分一人で取りに行った」と主張したため、お咎めなしで済んだ。まあ、部分的には嘘ではないということでアルレクスも申し訳なく思いつつもそれに乗った。レネットのことはあまり話題にしたくなかったのもある。
ふと、あの時唇に移った温度を思い出して、思わず手で触れてしまう。口づけで今更恥じらうような
だからだろうか、何やら一本取られたような、出し抜かれたような悔しさを感じるのは。
「なんだ、アルル。具合悪いのか?」
「いや、なんでもない」
ひとり悶々としているとジョシュアに訝しがられ、アルレクスは居住まいを正した。
「マルスラン。お前は立派だった。良き兄となれ」
叱られて少し涙ぐんでいるマルスランの頭を優しく撫でる。マルスランは照れ笑いを浮かべて、ジョシュアとモニカに連れられて自分たちの家に帰っていった。
「まったく、騒がしいことじゃ……」
ソファに身を沈めたノーラ婆が息をつく。テーブルの上にはレネットのもとに届けるはずのパンが置いてある。そういえば持っていくのを忘れていた。そもそもあの状況で悠長に食事だのなんだのとは言っていられなかったし、村人にそれを知られるわけにはいかなかったため、また夜更けに訪ねることになる。
とはいえ先程のことが思い出されて、どうにも気が進まない。アルレクスが曖昧な表情をしているのを、ノーラ婆はめざとく見つける。
「レネットと何かありましたか?」
「いえ、特には……」
ヴェール越しに口づけをされました、などとは口が裂けても言えない。レネットの
たとえば、そう、マルスランは頼りになる。レネットへの態度も村の大人たちとは違ったし、あと五、六年もすれば一人前になっていることだろう。問題はそんな長い間、彼女をあんな場所に置いたままにしておくのかということだが。
「ノーラ殿。レネットを好いている者は、この村にはいないのですか。できれば彼女と同年代の」
そう訊ねると、ノーラ婆は曖昧な表情をした。
「……心当たりはありますが、なぜ?」
「あ、いや……」
いるのか、という思いとともに、迂闊にも妙な勘ぐりをされるような言い方をしてしまったかもしれない、とアルレクスは慎重に言葉を選ぶ。
「そういった人間が一人でもいるなら、あんな場所ではなく、村の隅でもいい、とにかく危なくはない場所に住めるのではないかと……思いまして」
ふむ、とノーラ婆は顎を撫でた。
「ロイクという名の少年です。私の姉の孫、レネットよりも二つ年上で、はとこに当たります。会ってみますか?」
ノーラ婆の態度にやや引っ掛かりを覚えたが、アルレクスは頷いた。これから会うレネットにも話を聞くつもりで、パンの入った籠を手にする。こんな生活をしないで済むなら、その方がいいのだ。
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