第2章 父と子

#1

 アルレクスにとって、亡父アルファルドは、偉大な王だった。

 アルファルドは第一子であり次期公王であるアルレクスを厳しく育てたため、正直、亡母ユリアほどの親愛の情がアルレクスにあるわけではなかった——と、アルレクス自身は思っている。それでも人並みの、家族であるという感覚はあった。それは決して表に出してはいけないと言い含められていたため、はたからみれば、アルレクスとアルファルドはあくまで王とその家臣といった関係ではあったが。

 そんな父が、唯一、父親らしいことをしてみせたことがあった。それはアルレクスが幼い頃、流行病に罹り命が危ぶまれた時だ。

 アルレクスは一週間生死の境を彷徨ったが、その間、母ではない気配がずっと自分のそばにあったような気がするのを、覚えている。何しろ意識が朦朧としていたから、自分の手を握っている、大きくて無骨な武人の手が、なんとなく父であっただろうと思っているだけのことではあるのだが。

 起き上がれるようになって、あの手の主は誰かと周囲に問えば、皆一様に、建国の祖である高祖父アルディエの名を口にするものだから、しばらくはそれを信じていた。英雄アルディエの加護ありきと言われるのが、誇らしかったのもある。だが少し大きくなって、父親からの愛情が恋しい時期に差し掛かると、それが父であったらいいのに、と願うようになった。

 結局のところ、あれが父の手であったという記憶は、アルレクスの願望に過ぎないのかもしれない。そも熱にうなされて見た夢だったのかもしれない。父が病没し、その手に触れた時感じたものを、アルレクスはまだ言葉では言い表すことができないが、やはり一番に思い出したのは、朧げな記憶の彼方にあるそれなのだ。

 そんな懐かしい夢を見て目覚め、アルレクスはしばらくの間、寝台から体を起こした姿勢のまま、ぼうっと自分の手を眺めていた。そして、父の命日がそろそろだったと思い出す。

 壮健だった父が病に冒され、半月と経たずに祖アルディエの軍列に加わったことは、鮮烈で記憶に新しい。あまりに突然であったため、星読みドルイドたちですらその未来を読むことができなかった。あるいは読んだものもいるかもしれないが、きっと間に合わなかっただろう。最愛の妻を喪ってから、父はやはりどこか、おかしくなっていた。それは微々たる気配ではあったが、きっと耐えきれなくなって、母を追ったのだ。

 冷たい棺に触れた時、ただ自然と涙が溢れたのを、人は愛と呼ぶのだろうか。であれば、きっと、自分と父は親子であったのだ。

 父上、と言葉がこぼれる。今の自分を見て、父はなんというだろうか。慰めはしないだろう。アルレクスを叱咤し、逃げ出したことを非難するに違いない。王として生きよ。それが父の口癖だった。それは、王として死すべき、ということでもある。一方で、父は自身にできないことをアルレクスに求めることはしなかった。

 父は、今なら、父親らしい言葉をかけてくれるだろうか。

 アルレクスは首を振って思惟しゆいを振り払った。死んだ人間のことを、あまり想いすぎてはいけない。そうしてのろのろと寝台から出ると、身支度を整える。

 アルレクスがベルディーシュ村に来てから三日が過ぎ、今日は村の子供たちのお遊びに付き合う約束をさせられている。要するに「御守り」なのだが、小さな弟の面倒を見てきたアルレクスには大した労力ではない。それで忙しい大人たちの手助けになるのならと引き受けた。子供たちは待ちきれないらしく、先ほどから仕切りに玄関の向こうからアルレクスを呼んでいる。朝食もそこそこに、微笑むノーラ婆に見送られ、アルレクスは子供達の出迎えを受けた。

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