#5
ひりついた頬を隠してアルレクスが村に戻ったのは、日が傾き始めたころだった。レネットには悪意を遠ざけるまじない石を渡して野盗避けとし、ノーラ婆にはことの次第を——『まことの愛の口づけ』のくだりを除いて——全て報告した。しかしノーラ婆には大体お見通しのようで、なるほどねえなどとしたり顔で頷いていた。
「私の足が治るまでで良いのです、あの子にパンを……」
まことの愛がどうのはともかく、レネットやノーラ婆をこのままにしてはおけないのも確かだった。アルレクスは渋い顔でノーラ婆の「お願い」を受け入れ、半月ほどベルディーシュ村に滞在することが決まった。村人たちはアルレクスを歓迎し、ずっとここにいていいと言い出すものもいたが、彼らのレネットに対する態度を知っているアルレクスはそれを厚意として受け取ることができず、やはりぎこちない笑みを浮かべるほかなかった。
「愛、か」
バルコニーの柵に寄りかかり、星空を見上げながらひとりごちる。今夜遅くに、レネットの様子を見にいく手筈となっていた。年若い娘のところに夜分遅く男が上がり込むのもどうかと思うのだが、そこは信頼されているらしい。
信頼——それはアルレクスが一度失ったものだ。信じていたはずのものが、愛していたはずのものが、手のひらからこぼれ落ちていく瞬間、アルレクスはこの世を呪った。二度と人を信じることなどないだろうと思ったほどだ。愛となればなおさらである。
それでも、どこか淡い期待をしていることに、アルレクスはまだ気づいていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます