#5

 ひりついた頬を隠してアルレクスが村に戻ったのは、日が傾き始めたころだった。レネットには悪意を遠ざけるまじない石を渡して野盗避けとし、ノーラ婆にはことの次第を——『まことの愛の口づけ』のくだりを除いて——全て報告した。しかしノーラ婆には大体お見通しのようで、なるほどねえなどとしたり顔で頷いていた。

「私の足が治るまでで良いのです、あの子にパンを……」

 まことの愛がどうのはともかく、レネットやノーラ婆をこのままにしてはおけないのも確かだった。アルレクスは渋い顔でノーラ婆の「お願い」を受け入れ、半月ほどベルディーシュ村に滞在することが決まった。村人たちはアルレクスを歓迎し、ずっとここにいていいと言い出すものもいたが、彼らのレネットに対する態度を知っているアルレクスはそれを厚意として受け取ることができず、やはりぎこちない笑みを浮かべるほかなかった。

「愛、か」

 バルコニーの柵に寄りかかり、星空を見上げながらひとりごちる。今夜遅くに、レネットの様子を見にいく手筈となっていた。年若い娘のところに夜分遅く男が上がり込むのもどうかと思うのだが、そこは信頼されているらしい。

 信頼——それはアルレクスが一度失ったものだ。信じていたはずのものが、愛していたはずのものが、手のひらからこぼれ落ちていく瞬間、アルレクスはこの世を呪った。二度と人を信じることなどないだろうと思ったほどだ。愛となればなおさらである。

 それでも、どこか淡い期待をしていることに、アルレクスはまだ気づいていなかった。

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