第4話 エルフの森

エルフの森に近づくに連れ、気温が上がり、汗ばんできた。


なぜならあの森が燃えているからだ。


「接収やよ」


ヴェニスが言った。


「魔王軍は毎日のようにエルフの森に火を付け、混乱に乗じて女をさらうんや」


「ふうん、誰かさんと同じように? 」


「も〜、やから僕は人助け! エルフ助けの為やから! 魔王軍の奴らみたいに酷い事はせえへんし、ちょっと金持ちの童貞に売り飛ばすだけやし! 」


だからそれが同じ事だって言ってんだろ。


「あっもしかして君、金持ちがエルフの女の子にニャホニャホするとでも思うてます?いややわぁ、スケベ! 」


イラァ・・・。


「大丈夫ですって。僕の所に来たエルフの女の子は幸せに暮らしてます。ちょっと際どい着せ替え人形にされてるぐらいで、魔王軍に捕まるよりはマシなんで!」


私の冷たい視線に耐えかねてか、ヴェニスは馬車が止まった瞬間に「それじゃ! また会いまひょ、勇者はん 」と言って逃げるように去っていった。


は? 勇者はん?


「あいつ、最初から気付いて・・・」


「おい、姉ちゃん。あんたもさっさと降りな」


「あっ、はい、すみません」


ヴェニスの事はひとまず置いといて、私も行かなければ。


馬車の運転手に500Gを渡して、私もヴェニスの消えた森の手前にある集落へ向かった。


「あれ!? ドルチェちゃんは!? 」


集落に入るとやはりというか、ヴェニスがいた。


さっきの不敵な笑みはどこへやら、半泣きで女の名前を叫んでいる。


「ドルチェは魔王軍に連れて行かれた。だとしてもお前についていくのは嫌だと言っていたがな」


「そんな〜!あんな上玉中々おらへんのに!あ〜ん! 僕の5000Gー! 」


人を値段で呼ぶな。


ゲス商人に呆れつつ、私はヴェニスと話していたローブを目深く被った青年を眺めた。


薄暗くとも鮮やかに光るエメラルドグリーンの瞳、絹糸のような質感の金髪、きめ細やかな白い肌、細く筋の通った鼻筋、桃色のくちびる・・・。


長い耳は残念ながら見えないが、彼がエルフである事はその美貌を見てすぐに分かった。


「ああ神様・・・。生きててよかった・・・」


「・・・は? 」


「勇者はん、五体投地してないでドルチェちゃん助けて下さいよ」


ヴェニスがなんか言ってる。


「はあ? なんで私がそんなこと・・・。今エルフ拝むのに忙しい」


「僕が言うのもなんやけどあんたも大概ゲスやな! 」


「お前と一緒にするな! 私は死ぬ気でここにエルフ見に来てんだよ! 魔王倒すかエルフ見るかの2択でこっち来てんだよ! 」


「何が死ぬ気やねん!さっき聖剣の整備したばっかの超新米勇者の癖して! あんたなんかね! 僕がご飯と寝袋おごってやってなきゃ、ここに来るまでに行き倒れてんですからね! 」


「それはどうもありがとう! でも私には無理よ。だって私、戦えないもの」


「はああ〜? 」


「文句を言うならお前が愛するドルチェちゃんの為に戦えばぁ〜? 」


舌を出してヴェニスを挑発する私。


「こ、この女、むかつくわぁ・・・」


ふふふ。


「待て、その女は本当に勇者なのか? 」


ヴェニスで遊んでいると、今までだまっていたエルフの男の子が喋り出した。


「本物やと思いますよ。エクスカリバーは本物やったし」


「お前のようなインチキ商人の見立てが信じられるか」


「あんたもむかつくわぁ〜! 勇者はん言うてやって! 私が本物の勇者ですって! そしたらこの祭司の兄ちゃんサービスするらしいでっせ! 」


「私はもう少し小さいエルフの男の子と野原を駆け回りたいんですが 」


「う、うえーん! こんな変態ショタコン女が勇者だなんて誰も信じてくれへんよぉ・・・」


「やっぱりな。こいつは本物の勇者が剣だけ預けた、ただの女だ。だから戦えないんだろ? 」


エルフの祭司は勝ち誇った笑みを浮かべる。


まあ違うんですけど。


勇者だと分かった所で魔王の所に行けって言われるだけだから黙っとこう。


「奴は王都で目付け役の女から逃げて指名手配中だそうだ。そんな奴がのこのこエルフの村にまで来るはずがない。この村は今魔王軍の接収で監視されているんだから」


やべぇ所来ちゃったなーと今更冷や汗を流し出す私とヴェニス。


「悪い事は言わない。特にあんた、今すぐ人間の村まで引き返せ」


祭司くんは私を指差した。


お?人を指差すな。


「今この村では女ならば子供だろうが老人だろうが外に引きずり出され魔王軍に連れていかれている。とにかく女は逃げないとあいつらに・・・」


「者ども!続けー! 」


祭司くんの説明をさえぎるように女の大きな声が響いた。


「聖騎士セリアが魔王軍を討ち果たしてくれようぞ! 」


馬に乗った甲冑姿のセリアが部下の騎士と共に村の傍を駆けていくのが見えた。


王都からここまで追ってきていたのか。


「うほっいい女! 」


ヴェニスが鼻の下を伸ばした。


「言ってる場合か! あの女死ぬぞ! 」


「うおおおおお! 」


「う、嘘だ・・・! 善戦してる!? 」


ここはワンパンでやられてくっ殺パターンじゃないのか!?


女騎士なのにあいつ、役割を分かってねぇ!


「うおおお!俺達も続くぞー! 」


エルフの男達も奮起されちゃって突撃しちゃったし。


ボウリングのピンのようにセリアとエルフ達になぎ倒されていく魔王軍。


「もうあいつが勇者でいいんじゃね? 」


「女の子危ないんじゃなくて、女の子危ないの間違いでっしゃろ祭司くーん」


「・・・まったく、どうしてこうなる・・・! 」


祭司くんは頭を抱えながら、自らも杖を掲げてエルフ達を援護した。


大きな紫色の雷が魔王軍を蹴散らし、雨が降り、森の火も消えていく。


「いや・・・、勇者いなくても世界救われるでしょこれ・・・」


私が呼ばれた意味よ。


いや戦えないんだけど。


なんだか力が抜けていると、「勇者はん、勇者はん」とヴェニスの呼び声が聞こえた。


「ヴェニス? 何をしているの? 」


ヴェニスは勝手に人のお宅に入って、何やらノートを見つけてきて1人で笑っていた。


「いやね、この村の住民帳を見つけたんやけど、これ見て。祭司くんの名前! 」


「は?名前? 」


「"エロロ・エロフ"やってー!ヒー! 」


「え、冗談でしょ・・・?」


引くほど酷い名前だ。


「しかもファミリーネームがエロフ!エロロが名前て! あっはは! お腹痛すぎ! 死んでまうわー! 」


「なら死ぬか? 」


ビキビキ・・・。


額に青筋を浮かべて戻ってきていた祭司くんが、杖から禍々しい魔力を漏れ出しながら怒っていた。


「さ、祭司くん・・・、い、いやエロフくん、ご、ごめ、ヒーッ! だめや! ドツボ入ってもうた! フッハハッ! ヒーーッ! 」


「〜ッ死ね! 」


「ギャーーッ! 」


ヴェニスは黒焦げになって飛んでいった。


人の地雷の上でタップダンスをするからだ。


「そんなに凄い魔法が使えるんなら、最初から貴方1人でなんとかすればよかったのに」


私がそう言うと、エロ・・・、ロフ青年は憎々しげに私と、床に落ちた住民帳を睨んでいた。


「あんたもあいつらも、みんな森と一緒に燃えてしまえばよかったんだ」


せっかく助かったのになんてことを言うんだ。


でも、なんだか彼が泣いているように見えて、私は言い返す事が出来なかった。

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