成人式一週間前の話

ずっと嫌いでいて

 高校を卒業して二年目の一月。今年で私は二十歳になる。来週はもう成人式だ。


「実さん、来週の日曜日ちょっと実家帰るわ。一日帰らないからよろしく」


「日曜日?」


「成人式あるから。朝早いんよ。四時だよ四時。ありえなくない? モーニングコールして」


「やだ。寝てるわよそんな時間」


「起きてよ。私のために」


「嫌よ。勝手に起きて勝手に行って」


「えー。私のこと好きじゃないの?」


「好きじゃない。嫌い」


「こんなに可愛いのに?」


「うるさい。もう実家帰ったら。そのまま二度と帰ってこなくていいわよ」


「言ったな。そういうこと言うとマジで帰らんぞ」


「好きにすれば」と、彼女は拗ねるようにそっぽを向く。一体何が不満なのか。相変わらずよくわからない人だ。


「何拗ねてんだよ」


「拗ねてない」


「拗ねてるじゃん」


「拗ねてない」


「じゃあなんでこっち向いてくれないの。可愛いすぎて直視できないってか? いつも見てんだから慣れろよ。眩しいのはわかるけどさぁ」


 彼女の視界に入るために回り込むが、彼女は頑なに私を見ようとしない。それでもしつこく視界に映り込んでいると「ああもう! ほんっとうるさいわね貴女は!」とキレつつもようやく私の方を向いた。そしてむすっとしながら近づいてきて、私の肩に頭を埋めて「分かるでしょ」と呟きながら私の背中に腕を回した。分かるでしょと言われても。実家に帰るのが寂しいのだろうかと思い、後頭部をぽんぽんと撫でてやりながらやりながら一緒に実家に来るかと提案してみるが、ため息を吐かれた。違うらしい。


「ギブ。わからん。答えくれ」


 すると彼女は間を置いて「心配なのよ」と答えた。


「ただでさえ可愛いのに振袖着て着飾ってさらに可愛くなっちゃうから?」


 茶化すと、彼女は舌打ちをしながら私の足を思い切り踏んだ。


「痛っ! んだよ! 足踏むなよ!」


「……浮気、しないでよ」


「しねえっつーの。一回でもしたことある? ないだろ?」


「……わたしが気づいてないだけかもしれないじゃない」


「信用ねぇなぁ……」


「だって貴女性欲強いし、誰でも抱けるし」


「けど、あんたと付き合ってる間はあんた以外とはしないよ。そういう条件を飲んで恋人になったからな」


「……成人式、終わったらすぐ帰ってきて。誰とも話さないで」


「それは流石に無理。私、あんたと違って友達多いから。私はあんたがいれば何も要らないなんて、そこまで言えるほどあんたに執着してるわけじゃないし。あんたの言いなりになるために恋人になったわけじゃない。まぁでも……だからって、あんたのことどうでも良いとか思ってるわけでもないから。終わったら浮気せずにちゃんとあんたのところに帰るからさ、それで許してよ。な?」


「……何時に帰ってくる?」


「分からんけど……日付が変わるまでには」


「……一分でも遅れたら閉め出すから」


「はいはい。ちゃんと帰るよ。帰る時には連絡するから迎えに来て」


「嫌よ。なんでそこまでしなきゃいけないのよ」


「一刻も早く会いたいでしょ私に」


「電車かタクシーで帰ってきなさい」


「冷たいなぁ」


 そんな冷たいことを言うくせに、私から離れようとしない。ほんと素直じゃないなとため息を吐きながら頭を撫でてやっていると、ふと、彼女が顔を上げた。何かを訴えるように私をじっと見つめて、ふいっと顔を逸らす。逸らされた顔を強引に正面に戻して唇を奪うと、突き放され、睨まれた。


「んだよ。違うの?」


 目を逸らしながら「違わない」とどこか悔しそうに答える彼女。ほんとに素直じゃない。彼女のそんな素直じゃない態度を見ていると、たまらなくいじめたくなり、壁に押し付け、唇を奪う。彼女は「なんで発情してんのよ変態」と私を睨んだが、言葉とは裏腹に、私を求めるように私の服の袖を引く。抱き上げ、寝室のベッドに下ろして上に乗る。「貴女なんて大嫌い」と私を睨みながら吐き捨てる。「知ってるよ」と返して、唇を重ねる。彼女は抵抗するどころか、受け入れるように首に腕を回す。


「あんたって、ほんっとめんどくさいですよね」


「うるさい。黙って抱きなさいよ」


「黙ったら黙ったでなんか言ってって言うくせに」


「うるさい。嫌い」


「はいはい。私は好きですよ。あんたのそういうめんどくさいところ。こんな奴好きになりたくなかったのにって顔。最高にそそる」


「変態め……」


「あはっ。私のこと、死ぬまでずっと嫌いでいてくださいね。実さん」


私がそういうと彼女は「言われなくても貴女なんて一生大嫌いよ」と自嘲するように笑った。

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