タケと梢さん

 それにしても、くるみは最近やけにタケのことを『パパ』と呼んでからかっているが、彼は梢さんのことをどう思っているのだろう。隙を突いて聞いてみる。


「いや、くるみが変なこと言い出したせいで変に意識しちゃってるだけで……別にそんなんじゃねぇよ」


「ふーん。じゃあなんでくるみはお前だけをパパ扱いしてんだ? 他にも居るのに」


「一番貫禄があるからじゃね?」


「あれくらいの子供居ても違和感ないもんな」


 マツとウメが揶揄うように笑う。他人事だと思って……とため息を吐くタケ。


「だいきくんだいきくん、やっぱり、プレゼントならアクセサリーじゃない? ゆびわとか!」


「だーかーらー。そういうのじゃねえって」


「菓子とかどうよ」


「お菓子か……それはちょっと土産っぽくないか?」


「のぶゆきくん、まろんがないー」


「ロマンな」


 くるみには父親が居ない。彼をやたらと母親と恋愛関係にさせたがっているのは父親という存在に対する憧れもあるのだろうか。


「お花は? バラとか」


「薔薇って。完全に告白じゃねえかよ」


「ひざまづいて、ぼくのおくさんになってくださいって」


「ぜってぇやらねぇ。そんなんされたらドン引きだわ」


「だいきくんのいくじなし」


「あのなぁ……」


 だから帰ってほしかったんだよ。と顰めっ面で小さく呟くタケ。ウメとマツは微笑ましそうにするだけで、くるみを止めようとしない。くるみを連れていくと決めてしまったのは私だ。なんだか少し申し訳なくなってきた。


「くるみ。そこまで。タケが困ってるだろ」


「……はぁい」


「……満さんさ、梢さんからくるみの父親の話聞いた?」


「いや。何も」


「俺らも知らねえな。なぁマツ?」


「聞いたことないな」


「わたしもしらない。ママ、パパのこときくとかなしい顔するから」


 どうやらくるみさえ知らない父親の話をタケにだけは話しているらしい。「それって脈アリじゃね?」とウメが言う。しかしタケは首を横に振った。


「……違う。逆だ」


「逆?」


「だいきくん、フラれちゃったの?」


「……そう。だからもう二度とパパなんて呼ぶな」


「でも……ママは……」


「大体お前、ただ父親が欲しいだけだろ。俺じゃなくてもいいんだろ」


「そんなことない。だいきくんがいい」


「なんで俺なんだよ」


「ママもだいきくんのことすきだから」


「……お前の勘違いだよそれは。仮に本人がそう言ったとしても、その好きは恋愛の好きじゃない。ウメとかマツに対する好きと同じだ」


「なんでわかるの?」


「……大人だからだよ。クソガキ」


「……」


 確かに梢さんはタケと仲が良いが、他の二人とも同じくらい仲が良い。特別視しているようには見えない。だが、タケの方はやはりそうでもないように見える。くるみが変なこと言うから意識しちゃってるだけというのは自分に言い聞かせているようにしか見えない。素直になれない原因は知ってしまった過去のせいだろうか。彼が昔の望に重なる。うみちゃんに好きと言わせてもらえなかったあの頃の彼に。


「あくまでも、俺はお前と梢さんのダチだ。父親じゃないし、父親になる気もない。だから二度と俺のことを父親扱いすんな。分かったな」


「……」


「返事」


「……はい」


 くるみは納得がいかない顔をしている。私も少し気になる。梢さんは高校を中退してくるみを産んだ。そこまでは私もマツもウメも知っている。それだけで重い事情があるのだろうと察することが出来た。だから父親のことには触れないでいたが、何故彼女は詳しい話を私達には話さずにタケだけに話したのか。彼だけは特別だから? 何故? 恋してるから? 私にはそうは見えなかったが、くるみにはそう見えたらしい。


「あ。なぁ、あれってこの間梢さんが言ってたやつじゃね?」


 ウメが指差した先にはアイドルドリームというスマホゲームのくじ引き。一回五百円と書いてある。


「ラストワン狙えるんじゃね? 聞いてくるわ。すみません、このくじって——」


 どうやら残りはちょうど四回だったようで、くるみを除いた四人で一回分ずつ出し合って全部引く。景品はストラップが二つ、キャラクターの柄入りのグラスが一つ、マフラータオルが一枚、そしてラストワン賞のフィギュアが一体。


「マジかよ。ストラップ被りかよ」


「妹にでもやれば?」


「あー……あいつ持ってそうだからなぁ」


「梢さんの好きなキャラってなんだっけ」


佐渡さわたりめぐみじゃなかった?」


「そんな名前だったか?」


「ちがうよ。ママが好きなのはうららちゃんだよ」


「うららぁ? あー。白百合歌劇団の男役がどうのこうの言ってたな……もしかしてこの被ったストラップがそうか? イケメンだし」


「ううん。その子はルシアちゃん」


「はぁー? ちげぇのかよ。マジかよ。どうすんだよこれ」


 店の前でそう話していると、気弱そうな中高生くらいの女性が声をかけてきた。


「あ? なんすか?」


「ひえっ。す、すみません、話……聞こえちゃって。あの、良かったらなんですけど……交換とか……む、むりですよねえ……」


「交換?」


「お姉さん、うららちゃんもってるの?」


「え、ええ。ストラップですけど……ぼ、ぼく……あ、いや、わ、わたしも被ってしまったので……もし必要ないならそちらのストラップと交換していただければと……その子がいればコンプなんです。お願いします。あ、えっと、開封はしてないんで大丈夫です! 袋しか触ってないんで! ああ、でも、ぼくみたいな汚いオタクが触ったやつなんて——「ん」


 ストラップを女性の前に差し出すタケ。こちらを見ずに早口で喋っていた女性はようやくこちらを見て、ストラップに目線を向ける。


「交換してくれんだろ。早く出せよ。実は無いんですとか言ったら殺すぞ」


「あ、あります! あります! はい!」


「ん。あざっす。くるみ。こいつであってたか?」


「うん。その子がうららちゃん。お姉さん、ありがとう」


「い、いえ、こちらこそです。これで全員揃いました」


「全員揃えるってすげぇな。あのストラップ、ランダムだろ?」


「は、はい。でも、今はSNSがありますから。交換してもらって。でも、綾小路あやのこうじルシアだけはなかなか見つからなくて。本当に、ありがとうございました」


 ストラップを握りしめて手を振りながら去っていく女性。その軽快な足取りからは喜びがダダ漏れだ。よっぽど嬉しかったのだろう。


「で、誕生日プレゼントはそれで良いの?」


「えっ。駄目?」


「いや、別に良いと思うけど……ラッピングした方が良いんじゃないか?」


「ラッピングか……誰か出来る?」


「俺バイトでやったことある。任せろ」


「じゃあラッピングペーパーだけ買って、あとはウメにお任せだな」


「そのまま当日まで預かっておくわ」


「おう。頼んだ。……んで、タケは良いのか? 個人的に何か買わなくて」


「……あぁ」


「……そうか。分かった。じゃあ今日はこれで解散にするか」


 時刻は七時前。ここからくるみの家までの距離は徒歩十分程度だ。全員でくるみを家に送り届けると、ちょうど梢さんが帰ってきた。


「いつもありがとう」


「遅くなってすみません」


「ううん。どうせくるみがまだ一緒に居たいってわがまま言ったんでしょ? 付き合ってくれてありがとう。それに、家に一人よりはみんなと一緒に居た方が安全な気もするし。ところで……それって……」


 梢さんの視線がウメが持っている紙袋に向けられる。中からはフィギュアがはみ出している。


「もしかして、アイドリのくじ引きやったの?」


 速攻でバレてしまった。しかしウメは冷静に「友達に渡すんすよ」と答える。


「友達のためにわざわざ? それ、ラストワンだよね」


「たまたま残り少なかったから」


「へー……良いなぁ。私もほしい……。ネットで売り出されてないかなぁ……」


そう言ってスマホを弄り始める梢さん。まずい。


「て、転売から買うのは! やめた方が良いっすよ!」


「そ、そうだよママ! だれかがくれるかも!」


「えー? 誰かがくれるって、そんな都合よく……」


 察したのか、フィギュアとウメを交互に見る梢さん。「ちょっと早めの誕プレってことで渡しちゃえばいいんじゃね?」とマツ。確かに渡す前に買ってしまうくらいならその方が良いかもしれない。


「よしタケ。お前から渡せ」


「俺かよ……」


 ウメが紙袋をタケに渡す。タケはそれを梢さんの方を見ないまま彼女に突き出した。


「……ちょっと早いけど、俺らからの誕プレっす」


「……本当にこのラストワン賞もらって良いの?」


「良いよ。俺らは興味ないし。四回引いたから、その分も中に入ってる」


「ありがとう。嬉しい。あ、このストラップルシうらじゃん! えっ、なに、これ偶然この組み合わせになったの?」


「いや、ルシア? が被ったんすけど、たまたま通りかかった人がその梢さんの推しと交換してくれて」


「その組み合わせなんかあるんすか?」


「この二人はライバル同士なんだ。どっちも王子様キャラで売ってるから。ルシアはチャラ王子で、うららは正統派王子。でもルシアはうららに対して片想いしててね、女の子の扱いに慣れてるルシアだけど、うららに対してはヘタレなの。それがもう可愛くて可愛くて」


 熱く語る梢さん。元々はうらら役の七海ななうみせいという声優を目当てに始めたと言っていたが、相当ハマっているようだ。

 気まずそうなタケとは裏腹に、梢さんはいつも通りに見える。しかし、タケと目を合わせようとしない。やはりこの二人の間には何かあったのだろう。


「……ありがとう。みんな。そっか、今日は私の誕生日プレゼント選びに行ってくれてたんだね」


「わたしも買ったよ」


「おー? なになに? なにをくれるんだー?」


「たんじょうびになったらわたすね。まだかんせいしてないの」


「そっか。じゃあ楽しみにしてる。皆さん、今日は本当にありがとう」


「ありがとう。ばいばい。またね」


 手を振って家に入っていく二人を見送る。バタンと玄関のドアが閉まると同時に、タケが深くため息を吐いた。


「……で、タケ。フラれたってマジ?」


「いや、そもそも告ってない。……あんなこと言われたら告れねえよ」


「あんなことって?」


「……梢さんの過去に関する話。詳しいことは俺からは言えん」


「そうか。……諦めるのか?」


「諦めるも何も、俺は最初から本気じゃねぇし。くるみが勝手に持ち上げて、それに乗せられちまっただけだ」


「本当に?」


「……しつけぇよ。もうほっとけ」


 タケはそう言うが、私はやはり気になってしまう。あまり首を突っ込むのは良くないかもしれないが、こんな辛そうな友人を放ってはおけない。しかし、とりあえず今は実さんの家に行かなければ。遅くなるとまた文句を言われてしまう。彼らと別れて電車に乗り、実さんの家へ。


「……ただいま」


「お帰りなさい。……何かあった?」


「まぁ……ちょっと。……近いうちにくるみの母親と二人きりで会ってくるかも」


「くるみの母親?」


「ちょっと気になることがあって」


「……ふーん」


「嫌?」


「……嫌言っても貴女聞かないでしょ」


「うん。あんたが嫌だって言っても行く」


 すると彼女はため息を吐き、そっぽを向いて

「好きにすれば」と吐き捨てて行ってしまった。食事の用意はしてくれたが、会話は無く、気まずい空気が流れる。しばらくすると彼女が箸を置いて私の方を見ないまま「浮気を疑ってるわけじゃない。ただ、気に食わないだけ」と素直に白状した。素直に言葉にするなんて珍しい。


「分かってるよ」


「じゃあなんで二人きりで出かけるとかわざわざ言うのよ。勝手に行けば良いじゃない」


「いや、だって、後から知ったらあんた怒るじゃん」


「最初から二人きりで出かけなければ良いのよ」


「二人きりじゃないと話せない内容なんだよ」


「メールじゃ駄目なの?」


「会って直接話したい。それに、メールだとくるみに見られるかもしれん。それは避けたい」


「……ふぅん。分かった。じゃあもう聞かない。娘にも話せないってことは他人の私が聞いて良い話じゃないでしょ」


「まぁ、そうだな……梢さんはどう思ってるか知らないけど」


「……いつ?」


「それはこれから決める。けどもちろん、あんたとの約束を優先する」


「じゃあ来週からは土日全部わたしにちょうだい」


「いや、無理。梢さんの休み日曜日くらいしかねえし」


「だからよ」


「行ってほしくないんじゃん」


「言ったでしょ。気に食わないって」


「……はぁ。全く。どうしたら許してくれる?」


「……これ」


 私の方を見ないまま彼女が見せてきたのは最近話題のスイーツ店のホームページ。


「ここのプリン買ってきて」


「……並ばなきゃ買えないやつじゃない? これ」


「ええ。そうね。今日見てきたけど凄く並んでたから諦めたわ。だから貴女、代わりに並んで買ってきて。……それで許してあげる」


「分かったよ。帰りに買ってくる」


「忘れたら二度とうちに入れてあげないから」


「会いたいのはそっちのくせに」


「……貴女、今日は床で寝てね。ベッド一つしかないから」


「いや、いつも一緒に寝てるじゃん。てか、私が来るからわざわざ大きめのベッド買ったんだろ?」


「大きい方が好きなのよ」


「いや、それにしたって女一人でダブルは広すぎるって。一緒に寝てやるから遠慮すんな」


「……貴女、今日は外ね」


「こんな美少女を外で一人で寝かせるなんて、襲われたらどうする気?」


「返り討ちにするでしょ。貴女なら」


「それが恋人に対する態度かよ」


「……好きじゃないくせに」


「まーたそれ言う。好きだよ」


「わたしは嫌い」


「知ってるよ。そういう可愛くないところが好き」


「趣味悪い」


「それはお互い様。ところで、飯出来てる? さっさと食って風呂入って寝よー」


 食卓へ向かう。すると何故か彼女に後ろから抱きしめられた。そして耳元で囁かれる。


「今日、抱くから。ご飯食べたら部屋で待ってる」


「あ? 抱いての間違いだろ」


「今日はわたしがする」


「へいへい。わかりましたよ。好きにしてくださいな」


 恋人が自分以外の人と二人きりで会う。それ自体が浮気だと言う人は少なくない。きっと彼女も本来はそう言うタイプなのだろう。だけど、許してくれる。彼女じゃなくても良い。だけど彼女が良い。そう思うのは、決して同じ気持ちになれない私を許してくれるから。分かり合えないことを受け入れてくれるから。だから彼女の側は居心地がいい。


「……ありがとね。実さん。愛してる」


 そう伝えると、彼女は「そういうところ大嫌い」と吐き捨てて、さっさと食事を済ませて逃げるように部屋に戻っていった。


「ははっ。ほんと可愛くねえなあの人」


 だけど私は、彼女のそんなところがたまらなく愛おしく思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る