くるみと母の話
くるみの同級生
年が明けて、高三の冬休みが終わりに近づいてきた頃、あけましておめでとうございますという挨拶と共に、一月十一日が母親の誕生日ということで、プレゼント選びに付き合ってほしいとくるみからの連絡があった。
「……というわけで今週の土曜日、ちょっとくるみと出かけるけど、あんたも行く?」
「行かない。あの子嫌いだもの」
「だと思った。くるみが嫌いつーか、子供自体が嫌いでしょあんた」
「……二人きりで行く気?」
「心配しなくても適当に捕まえて連れていきますよ。うみちゃんは……あー、デートね。はいはい。望は……バイトか……咲ちゃんは……お前もデートかよ。他はみんなバイト……柚樹さん……は存在が子供の教育に悪いから駄目だな。つか、
結局いつものヤンキー三人組と行くことになった。くるみに伝えると「えー!? デートじゃないのー!?」と不満そうなスタンプとともに返信がくる。返信しようとすると、すかさず実さんが私のスマホを奪い取り「デートじゃねえよ」と呆れる顔をした犬のスタンプと共に勝手に返信した。
「……うわっ、大人げな。相手小学生だぞ?」
「うるさい。ふん」
ぷいっとそっぽを向き、ベッドに寝転がってしまう彼女。完全に拗ねている。めんどくさいが、こういう可愛くない態度の彼女を見ているとどうしてもいじめたくなる。後ろから抱きしめると、びくりと飛び跳ねて「なに!?」と悲鳴をあげた。
「実さんのそういう可愛くない反応、すっげぇ唆るなぁと思って。……良い?」
「……性癖異常者め」
彼女はこちらを向かないままそう吐き捨てるが、抵抗しようとはしなかった。
そんなわけで冬休み明けの最初の土曜日。待ち合わせ場所で待っていると、松竹梅トリオが少女を連れてやってきた。くるみだ。彼女は私を見つけると、タケと繋いでいた手を離して私に突進してきた。避けると不満そうに唇を尖らせるが、髪が短くなっていることに触れてやるとすぐに機嫌を取り戻した。前に会った時のくるみの髪の長さは胸の下まであったが、今は首までの長さになっており、内側にゆるく巻かれている。
「かわいい?」
「可愛い。自分で巻いたの?」
「ママがまいてくれた」
「へー。メイクは?」
「じぶんでやった」
「……えっ、化粧してんの? 気づかんかった」
「マセてんなー」
「つか化粧品って子供の肌に良くないんじゃないの?」
余計なことを言うヤンキートリオ。再び拗ねるくるみ。せっかく機嫌をとってやったのに余計なことを。
「ちゃんと子供の肌に優しい専用の化粧品があんだよ」
「へー。そんなんあるんすね」
「お姉さんは大人のやつつかってる?」
「うん」
「そっかぁ……おそろいできない……」
「化粧品なんてお揃いにしてどうすんだよ」
呆れるように苦笑いするヤンキートリオ。これに関しては私も同意見だが、黙っておこう。
「んで? くるみ、ママの誕生日にはいつもなに渡してんだ?」
「えっと……お手紙」
「手紙だけ?」
「きょねんはハンカチあげた」
「ハンカチかー」
小学生の小遣いで買えるものなんて限られている。高くても五百円程度に収まるものがいいだろう。とりあえず、ショッピングモールの中の100円ショップに向かう。
「家事グッズとかどう?」
「ゆで卵の今の状態がわかるやつとか」
「いや、あると便利だけど誕生日プレゼントそれかよ」
「駄目かー」
家事グッズコーナーを物色するヤンキー達。似合わないが、それが逆にギャップ萌えになるのか、『兄妹かな』『尊い』『猫拾うタイプのヤンキーじゃん』など微笑ましいものを見守るような声が聞こえてくる。私も妹だと思われているのだろうか。しかし、ふとその中に妙な声が混じっていることに気付く。
『ほら見てよ、どう見てもあぶない人だよね!』
『たしかにこわそうだけど……いい人そうだよ? あ、ほら、女の人もいっしょだし』
『だまされてるんだよ。木下さんもあの人も。わるい人はいい人のふりをするってママも言ってたんだから!』
子供の声だ。ヤンキー達もくるみも気付いていないようだ。くるみは学校には友達は居ないと言っていた。あまり学校は好きではないらしい。
くるみの母親である
『こ、声……かけてみる?』
『む、むりむりむり!』
『わたしがいく。……いざとなったらけいさつよんでね』
『えっ、えっと、けいさつってな、何番だっけ』
『110番!』
『けいさつよりまえに大人にそうだんしたほうがいいってぜったい……』
とりあえず、あの子達は悪い子ではなさそうだ。純粋にくるみのことが心配なのだろう。その善意がくるみにとって嬉しいものなのかは別として。
「……お姉さん」
「ん? どうした?」
「……学校の子、いる」
「ああ、やっぱりお前の知り合いか。私も気付いてるよ。なんか誤解されてるみたいだから解きにいくけど、一緒に行くか?」
「……話したくない」
「どうして?」
「……話してもきいてくれないから。わたしのことかわいそうだってきめつけて、いっつもおせっかいばっかり。先生も、みんなも……ふつうに話してくれるの、お姉さんたちだけだよ」
「……そうか。分かった。お前ら、ちょっとくるみのこと見ててやって。目離すなよ」
「なんすか姐さん。カチコミっすか?」
「うん。そう。カチコミ」
「は? いや、冗談だったんすけど」
「お姉さん! あの子たちはほうっておいていいって……」
「分かってる。お前のためじゃない。そいつらの誤解を解きにいくだけだ。別に喧嘩しにいくわけじゃねえよ」
くるみをヤンキー達に預けて戸棚の影に隠れて私達の様子を見ていた子供三人組に声をかける。私に気付くと青ざめた顔をした。しゃがんで視線を合わせる。
「安心しろ。別にお前達に危害を加える気はない。ちょっと話がしたいだけだ。ここだと邪魔になるから一旦出よう。良い?」
「「「……」」」
青ざめた顔のまま黙って頷く子供達。店から出てすぐのところにあるベンチまで連れ出すことには成功したが、駄目だ。完全に怯えてしまっている。どう見ても人畜無害な美少女なのに。やはりあいつらと一緒に居たせいだろうか。
「……とりあえず自己紹介だな。私は月島満。青山商業高校っていう学校に通う普通の高校生だ。で、あの怖いお兄さん達は私の友達。クマみたいなのが竹本大樹、縦にデカいやつが梅宮信幸、んで残りのチビが松原伊吹。あんな見た目だけど悪い奴らじゃないんだ。信じられんかもしれんが……まぁ、話せばすぐわかるよ」
「……木下さんとは、どういうかんけいなんですか」
三人のリーダーと思われる気の強そうな女の子が口を開いた。残りのショートカットのボーイッシュな女の子と気弱そうな眼鏡っ子の二人は私と目を合わせないようにしているのか、ずっと下を向いている。
「友達だよ。ただの」
「つきしまさん、こうこうせいですよね」
「そうだけど?」
「小学生とこうこうせいがともだちなんて、へんです」
「友情に年齢とか関係ねえよ」
「木下さんとはどこでしりあったんですか」
まるで尋問だなと苦笑しながら、彼女の質問に答えていく。
「場所は忘れたが……二年くらい前かな。道端で泣いてた女の子が居て」
「それが木下さんだったんですか?」
「うんそう。そこにあの三人が声をかけて、あんな見た目だからさぁ、くるみもびっくりしてさらに泣いちゃって。私がそこに通りかかって、あいつらの代わりに話を聞いてあげたんだ」
「……あの三人の見た目をりようして木下さんにちかづいたんですか」
「ははっ。面白い推理するなぁ。お前。……仮にそうだとして、私に何のメリットがある?」
「いい人のふりをしてあの子をだまして……」
「うんうん。それで?」
「……どこかに売るとか……」
ドラマの見過ぎだろと笑ってしまう。しかし、実際に良い人のふりをして子供に近づいて危害を加える大人が居るのも事実だ。普段から親に警戒しろと散々言い聞かされているのだろう。それなのに彼女は逃げずにこうして私と対話している。お節介でここまで出来るだろうか。
「逆に聞くけど、お前らはくるみのなんなの? 私らのこと、危ない人だと思ってんだろ? 見て見ぬ振りして逃げなかったのはなんでだ?」
「……木下さんのこと、ほうっておけないから」
「ふーん。なんで?」
「なんでって……あの子、いつもひとりぼっちで……かわいそうだから」
「可哀想だから優しくしてあげてって、先生に言われたから? それとも、自分がそうしたいからしてるの?」
「先生には……言われたけど……でも、わたしがほうっておけないからやってる」
「ふーん。でも、くるみはそれを望んでるのかな」
「え……」
「お節介になってない?」
「おせっかい……」
俯いてしまう少女。別に責めるつもりはなかったが、ちょっと言いすぎただろうか。
「お、おせっかいだなんて、ひどいです。みるくちゃんは木下さんのこと思って……」
眼鏡の子が反論してきた。しかしもう一人の子は私と同意見なのか「木下さん、ほんとうはめいわくだったのかも」と言い出した。俯いて黙ってしまう子供達。
「……本当にあの子が心配なら、本人と話をした方がいい。迷惑なのかどうか本人に確かめて、迷惑ならどうしてほしいのか聞きな。くるみの話、ちゃんと聞いてあげな」
タケに『くるみ連れてきて』とメッセージを送る。しばらくするとくるみが一人でやってきた。
「……わたし、話したくないって言った」
「聞いたよ。けど悪い。誤解を解くにはお前から話してもらった方が良いと思ってな。私のためだと思って頼むよ」
「……お姉さんさ」
「うん」
「……本当はわたしのこと、めいわくだと思ってる?」
「迷惑だと思ってたらはっきり言ってる。私はそういう性格だって知ってんだろ」
「……じゃあなんで?」
「私とあいつらはお前の友達だろ? それをこの子達にも分かってほしかった。誤解されたままは嫌だった。だからくるみ、お前の口から説明してやってよ。その方が伝わるだろ」
「……つたわんないよ。わたしの話なんてきいてくれないもん」
「いつもはそうかもしれんが、今は違うよ。お前の話聞いてあげてって私から頼んだ。あとはお前がどうしたいかだ。話したいなら話せば良いし、話したくないなら話さなくて良い。あ、話さなくても良いけど、誤解だけは解いてほしい。悪い人だと思われたままは嫌だから。危うく通報されるところだったし」
「……」
「……」
沈黙が流れる。しばらく待っていると、くるみが私の隣に座り、独り言のように語り始めた。
「……このあいだね、きょうかしょをね、わすれたんだ。ほかの人がわすれた時は先生はおこるんだけど、わたしはおこられなかったの。わたし、先生におこられたことがないの」
「一回も?」
「……うん。ひいきしてるんだ。わたしが、父おやがいなくてかわいそうな子だから」
「あぁ? んだそれ。思いっきり見下してんじゃねえか」
「それでね……みんなわたしのこと、ずるいって言うの」
「先生には言った? 贔屓されるの嫌だって」
「……言った。そしたら『せっかく人がやさしくしてあげてるのにいやだとか言っちゃダメだよ。ちゃんとありがとうって言わなきゃ、そのうちだれもやさしくしてくれなくなるよ』って」
「それは優しさじゃねぇな。偽善ってやつだ」
「ぎぜん?」
「偽物の優しさってこと。かわいそうな子に優しくしてあげてる自分に酔ってるんだろうな」
くるみが学校のことで悩んでいることは分かった。しかし、流石に学校での問題は私達には解決してやれない。どうしたものかと思っていると、子供達のリーダーっぽい子が口を開いた。
「木下さん、わたしたちはちがうよ。ありがとうって言ってほしいからやさしくしてるわけじゃないよ。木下さんがいつもさみしそうなのが気になって……力になれたらって、思ったの。でも……おせっかいだったなら、ごめんね」
「だってさ。くるみはどう思った? おせっかいだった?」
くるみに問う。すると彼女はようやく同級生達の方を見た。目は逸らしたものの、彼女達に向かって言葉を紡ぐ。
「……わたし、
言葉を詰まらせる。口を挟もうとする子供達を制する。
「まだ言い終わってないから。待ってあげて」
「……はい」
くるみの言葉を待つ。すると彼女は泣き出してしまった。しかし、嗚咽を漏らしながらも彼女の方を見て、言葉を紡ぐ。
「……わたし、うれしかった。話、きいてもらえて。たのまれて、やさしくしてるわけじゃないって、わかって。だから……おせっかい、じゃない……です。ありがとう」
三人は何も言わない。ふと見ると、三人とも泣いていた。そして泣きながら私達に頭を下げて誤解してごめんなさいと謝罪した。
「良いよ。誤解が解けてよかった。私からもお礼を言わせてくれ。この子を心配してくれてありがとう。んで、くるみ、今の話、他の先生には?」
「ほかの先生には……言ってない」
「誰か頼れそうな先生いない? 保健室の先生とかさ」
「ほけんしつは……あまりいかない……」
「あ……としょしつの先生は? 木下さん、としょしつによくいるよね」
「……うん。こんどそうだんしてみる」
「……あたしたちも、できることないかな」
そう言って恐る恐る手を挙げたのはボーイッシュな女の子。わたしもと、眼鏡の女の子も手を挙げる。くるみは三人に素直にお礼を言って頭を下げた。
「あのね、木下さん。わたしたち……ずっと、木下さんと友だちになりたかったんだ。ね。いいよね? らぶ、あんじゅ」
「「うん」」
「うん。……わたしも、天上さんたちと友だちになりたい。えっと……よろしくね。みるくちゃん、らぶちゃん、あんじゅちゃん」
リーダーっぽい大人びた女の子が
「よし。じゃあくるみ、誕生日プレゼント探し再開するか」
「うん」
三人と別れてプレゼント選びを再開しようとしたが、みるくが手伝いたいと言い出した。残りの二人もみるくに同調する。勝手にいなくならないことを約束し、子供たちを連れて百均に戻る。
悩みに悩み、みるく達のアドバイスを受けながら最終的にくるみが選んだのは羊毛フェルトで作るぬいぐるみキット。杏樹の得意分野らしく、明日一緒に作ることにしたようだ。
気付けば夕方。思ったより時間がかかってしまった。
「あの、わたしたち、そろそろもんげんが……」
「そうだな。解散にしようか」
「お姉さんたちもかえる?」
「どうする?」
くるみの問いをそのままヤンキー共にパスする。
「姐さんは時間あんの?」
「そうだなぁ……ちょっと聞いてみるわ」
今日は実さんの家に行く約束をしている。連絡を入れると『八時までに来なかったら夕食抜きね』と返ってきた。
「八時には来いって」
「八時か……じゃあまだ時間あるな。ちょっと付き合ってよ。俺らも梢さんに誕プレ渡すから」
「プレゼントえらびならわたしもつきあう!」
「お前は要らん。ガキ共と一緒に帰れ」
「えー! なかま外れひどいー!」
「仲間外れじゃねえよ」
一緒に居たいとわがままを言うくるみ。めんどくせぇと言わんばかりに顔を顰めるヤンキー共。あまり長引くとそのうちキレ出しそうだ。くるみと目線を合わせ、説得を試みる。
「くるみ。ママが帰ってくるのは何時か分かるか?」
「えっと……七時半くらい」
「分かった。じゃあ、七時半までには家に帰ること。それまでには一緒に居てやる」
「……だいきくんたちは何時まで?」
「それは分からん。けど、私は八時までには帰らないといけないから……そうだな……くるみが帰るタイミングで一緒に帰るよ。それで良いか?」
「……分かった」
「よし。お前らもそれで良いな?」
「……はぁ。しゃあねえな」
というわけで、くるみ母への誕生日プレゼント選びはもう少し続くことに。
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