吸血鬼と少女

吸血鬼と番長

 高校生活最後の文化祭。ここで演じる舞台は高校生活最後の舞台でもある。


「で、最後に演じる舞台がこれかよ」


 うみちゃんから貰った台本のタイトルは吸血鬼と少女。吸血鬼とその吸血鬼に生贄として捧げられた少女のGL物とのこと。


「鈴木くんが書いたの?」


「いや、私はちょっと手直ししただけだよ。ストーリー自体は知り合いが考えてくれた。最初は吸血されると性欲が抑えられなくなるっていう設定だったんだけど——」


「アウトだろ」


「だよね。そこは書き直したから安心して」


「どんな知り合いだよ……」


 知り合いというのはおそらく、鈴歌さんのことだろう。うみちゃんの兄の恋人であり、鈴音というペンネームで活動している漫画家でもある。


「で? 配役は?」


「主人公の吸血鬼リリムは満ちゃんがぴったりだと思うけど……異論ある人ー」


 特に誰からも異論は上がらない。


「まぁ、吸血鬼は美形しかいないっていうしな」


「「「そこじゃないそこじゃない」」」


 部員から総ツッコミを受けるがスルーして、台本の中のリリムのセリフにマーカーで線を引いていく。


「私は身勝手な理由でリリムを吸血鬼にした吸血鬼アリア役ね」


 元々リリムは普通の少女だった。しかしある日、アリアという吸血鬼に攫われ、血を飲まされて吸血鬼にされてしまう。アリアがリリムを吸血鬼にしたのは、リリムがアリアの恋人リリスに瓜二つだったから。亡くなった恋人の代わりにするためだった。


「恋人の代わりねぇ……」


 中学生の頃を思い出して苦笑いしてしまうと、うみちゃんが私と目を合わせてしーと人差し指を立てた。


「で、ルークは望がやるとして……アリスは二人一役にした方がいいかな。指名していい? やりたい役ある人ー」


 配役決めが行われている中、台本を黙読する。

 アリスはリリムに生贄として捧げられた少女。彼女は吸血鬼への生贄になることを自ら望み、吸血鬼が住むという屋敷に向かうために森に入り、迷子になってしまう。そこで吸血鬼と少女は初めて出会う。

 リリムはうみちゃんが演じるアリアという吸血鬼に無理矢理血を飲まされ吸血鬼になって以来、千年以上生きている。生きることに疲れていた。

 アリスは、吸血鬼にとって猛毒となる血が流れている神子という一族の一人だった。リリムの目的は最初から彼女の血だけだった。アリスが森で迷ったのはリリムのせいだ。リリムは彼女を森で迷わせ、助けて恩を売った。村で虐げられて生きてきたアリスは愛に飢えていたのだろう。優しくしたリリムに異様なほど懐いてしまった。この時のリリムはアリスに対して愛などなかったはずだ。ただの道具だ。しかし、アリスと一緒に過ごすうちに絆されていき、彼女に対する情が生まれてしまう。

 私には相変わらず恋というものがよく分からない。だけど、リリムの気持ちはわかる。

 何百年も一人で生きてきて、家には多くの人が居るが、全員催眠術にかけて操っている。何を言っても全肯定してくる操り人形だ。かといって催眠を解いたところで、機嫌を損ねたら何をされるかわからないという恐怖心で当たり障りのない会話しかできないだろう。

 そんな中、初めてまともな——若干狂っているが、対等な立場で普通に会話ができる人間に出会えたのだ。依存してしまうのも無理はない。

 リリムは死に執着していた。その死への執着を、アリスの優しさやリリムに対する好意が少しずつ生への執着に変えようとする。そんなリリムの葛藤も知らず、アリスは無邪気に吸血鬼になれるならなりたいと言ってしまう。そんなアリスに対して、リリムは言う。『普通の人間として生きれるお前が殺したいほど妬ましい』と。

 殺したいほど妬ましい……か。以前、実さんにも似たようなことを言われた気がする。恋は呪(のろ)い。彼女の口癖だ。リリムもアリスと接するうちに彼女に恋をするのろわれるのだが……リリムのアリスに対する恋心はどのあたりで芽生えたのだろうか。初めてアリスに愛してると言われた辺り……で合っているのだろうか。


「うみちゃん。ちょっと」


「……」


 駄目だ。うみちゃんは完全に台本の世界に入り込んでいる。


「あー……じゃあ望でいいや」


「で良いやってなんだよ」


「ちょっとこい」


「はいはい。なに?」


 文句を言いつつも隣に来てくれた。


「リリムはいつアリスに恋したんだろうって思って」


「あー。なるほど……ちる的にはどこだと思う?」


「アリスに愛してるって言われるところかな」


「俺も、きっかけがあるならそこだと思う。少なくとも最初はアリスに対して恋心とかないと思うし。出会った時から特別視はしてたけど……それは神子だからだろうな」


「それは分かる」


「あるいは……」


「あるいは?」


「リリムも君と同じなのかもしれない」


「恋はしてないってこと?」


「うん。ちるはよく言うよね。恋はしてないけど愛してはいるんだって。その解釈で演じても俺は間違いではないと思うよ。むしろその方が良いんじゃないかな。君もそう解釈した方が演じやすいでしょ」


「……なるほど。ありがとう」


「ん」


 彼のアドバイスを踏まえて、黙読を再開する。

 リリムが過去も目的もアリスに全て打ち明ける場面から。彼女はアリスに懇願する。「あたしを殺して」と。

 経緯は違うが、私も実さんに同じことを言われた。死にたくなるほどの絶望を、私は経験したことが無い。だから想像するしかない。永遠に生きる苦しみを。

 死はどんな人間にもいつか必ず訪れるものだ。そのタイミングは誰にも分からない。ある日突然、何の前触れもなく向こうからやってくることもある。その恐怖に怯える必要がなくなると考えると、良いような気もするが、大切な人との死別は何度も味わいたいものではない。

 では、愛する人も自分と同じく不老不死ならどうだろう。

 実さんと二人きりで永遠を生きる——それはそれで地獄な気がする。


「不老不死とか絶対なりたくねぇわ」


 思わず溢れた独り言に「私は百合香と二人なら不老不死も悪くないって思うけど」と返事が来た。いつのまにか隣にうみちゃんが座っていた。


「……まぁ、お前はそうだろうな。私はそこまで言えるほど恋人に執着してない」


「だろうね。なんなら、一緒に永遠を生きるならまだ私との方がマシだとか思ってるでしょ」


「あぁ? なわけ……」


「あるでしょ?」


「ねぇよ」


 一瞬考えたが、どちらがマシとかない。どちらにせよ、赤の他人よりはマシかもしれないが、地獄に変わりはない。


「どっから来るんだよその自信」


「私は満ちゃんのだからねー」


 部室がざわつく。望だけは平然としている。というより、台本に集中してなにも聞こえていないのだろう。

 彼が演じるのはルーク・クローチェという青年。アリスと同じ神子で、リリムの回想に登場する。

 リリムは彼の血を使ってアリアを殺すことに成功するが、アリアは最期の力を振り絞り、ルークを殺してしまう。リリムには死なないでほしいというアリアのエゴが起こした悲劇だ。


「初めてのな。きしょい言い方すんな」


「残念。それは望が先なんだ」


「物心つく前から一緒にいるからどっちが先とか覚えてねぇだろ」


「望とは前世から交流があるから」


「私はないのかよ」


「あるって言ってほしいの? 嫉妬か? 嫉妬だな?」


「なわけ」


「あるよね?」


「ねぇよバーカ」


「ぶー」


「全く……」


 くだらない冗談に付き合うのをやめてリリムが生きた世界に戻ろうとするが、考えてしまう。もし、うみちゃんがユリエルと出会わなかったら。私が実さんと出会わなかったら。

 私達の関係は恋人になっていたのだろうか。

 いや、多分無いだろう。彼女は散々言っていたから。『君を恋人にするのは勿体無い』と。

 私もそう思う。彼女とは今の関係の方が良い。


「リリムって、一見満ちゃんに似てるけど正反対だよね。リリムはアリスの愛に救われたけど、君はアリスとは相性が悪そう」


「悪いだろうな。『貴女の全てが好き』みたいな盲目的な恋愛感情を向けられるのは私には重すぎる」


「だろうね。だから実さんなんでしょ? ここが嫌いってはっきり言ってくれるから」


 彼女の言う通りだ。実さんと恋人として上手くやれているのは、彼女が私のことを盲信していないから。好きだけど嫌いなところもある。彼女はそれをはっきりと態度に出してくれる。貴女の全てが好きだなんて決して言わない。恋情というよりは愛憎と言った方が正しいかもしれないが、それが私には甘すぎなくて丁度いいのだろう。

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