実と恋敵

小さな恋敵(ライバル)

 ある日のこと。デートの待ち合わせ場所に行くと、彼女の隣に小学校低学年くらいの幼い女の子が居た。何やら満と楽しそうに話している。


「満」


「ん。実さん」


「その子は?」


「この子はくるみ。私の友達」


「誰かの妹?」


「いや、別に。引っかかってる風船取ってあげたのがきっかけで知り合っただけ」


 それを聞いて、満と初めてデートをした日のことを思い出す。あの時の女の子だろうかと問うと、満は頷いた。


「みちるおねえさんのおともだち?」


「いや、この人は違うよ。私の恋人の実さん」


 サラッと言う満。くるみと呼ばれた少女はわたしを見て目を丸くした。子供は純粋であるが故に時に残酷だ。『女同士なのに恋人なんて変なの』と言われるのではないかと身構えてしまうと、彼女は満の方を向き直してこう問いかけた。


「どこがすきなの?」


「実さんの好きなところ?」


「うん。こいびとってことはすきなんだよね?」


「まぁ、そうだな」


「どこがすきなの」


 くるみちゃんの問いに対して考えこむ満。悩んだ末に出したのは「ヴァイオリンが上手いところ」だった。


「……散々悩んでそれ?」


「あんたに関わりたいと思ったきっかけはそれだからな」


「……わたしもヴァイオリンならう」


 むっとしながらそう言って、くるみはわたしを見る。その瞳から敵対心を感じて、なるほどと、瞬時に察した。満は何故そうなるんだと言わんばかりに苦笑いしている。鈍感め。まぁ、恋心が理解出来ない人だから仕方ないかもしれないが。


「……他に無いの? わたしの好きなところ」


「……強気なくせに雑魚なところとか」


「ちっ」


「舌打ちすんなよ。お下品ですわよお嬢様」


「あなたねぇ……!」


「はははっ」


 私を揶揄って楽しそうに笑う満とは対称的に、くるみちゃんは不満そうだ。


「おねえさんは? みちるおねえさんのどこがすきなの?」


 むっとした表情のまま、くるみちゃんは今度は私に問いかける。


「……そうね……」


 好きなところ。無いわけじゃない。ある。たくさんある。だけど、言葉にして出そうとすると、喉元でつっかえてしまう。嫌いなところなら素直に言えるのに。口籠ってしまうと、くるみちゃんは「わたしはいっぱいあるよ」と言って満の好きなところを指折り数えながらあげ始めた。言い終えると、勝ち誇った顔をして満の腕に抱きつく。大人気ないとは分かりつつ、頭にきてしまう。


「……くるみちゃんと満は、あの日が初対面なのよね?」


「あー……そうだけど?」


「なら、わたしの方が付き合い長いわね」


「けど、わたしのほうがみちるおねえさんのことすきだもん」


「それは彼女の良いところしか見てないからでしょう。割とクズよこの人。口悪いし、恋人に対して『別に私はあんたじゃなくても良い』なんて言うし、乙女心が分からないし、都合が悪くなるとキスで誤魔化そうとするし——」


 彼女の嫌いなところなんて、あげればキリがない。だけど——


「だけど、それでもわたしは、満じゃなきゃ駄目なの。マウント取りたいならわたし以上に彼女の嫌いなところを言えるようになってからにしなさい」


 ぽかんとしてしまうくるみちゃんと、おかしそうに腹を抱えて笑う満を見て、わたしはとんでも無いことを言ってしまったと気付く。顔から火が出るのでは無いかと思うくらい熱くなる。


「小学生と張り合うなよ。大人気ないな」


「っ……う、うるさいわよ。貴女がむやみに人を誑かすからでしょう。この人たらし。クズ」


「手出さなきゃ浮気じゃないから別に良いだろ」


「良くないわよ。貴女はわたしの恋人なのよ」


「知ってるよ。心配しなくても、誰かに攫われたりしませんよ。私は誰かに呪われる恋をすることはないですから。それに、私の嫌なところまで全て受け入れてくれる人なんてあんたくらいですからね。だから……私もあんたのこと手放す気ないですよ」


「っ……な、何よ……わたしじゃなくても良いんじゃないの?」


「そうですよ。私は別にあんたじゃなくても良い。だけど、あんたが良い」


「何よ……貴女ってほんとずるい……そういうところ大っ嫌い……」


「はははっ。知ってる。と、いうわけだくるみ。お前が私のことは好きだってことは伝わった。けど、私は私のことが大嫌いなこの人と生きていくって、約束したんだ。だから、満お姉さんはくるみの恋人にはなれない」


「……じゃあ、にばんめのおんなでいい」


「あぁ、それなら別に私は——「良いわけないでしょ! このクズ!」


 思わず手が出てしまうが、満はその手を咄嗟に受け止めて「冗談に決まってんだろバーカ」と煽るように笑った。やっぱりわたしはこの女が嫌いだ。大嫌いだ。なのにわたしの心は彼女を求めてしまう。わたしの中に恋愛感情という呪いが備わってさえいなかったら、彼女と添い遂げたいと思うことなどなかっただろう。やはり恋は呪いだ。抗えない呪いだ。だけど、呪われた相手が彼女で良かった。なんて、ムカつくから彼女には絶対に言ってやらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る