大晦日
I hate you
大晦日。彼女は仕事で居ない。生放送の某長寿歌番組にクロッカスとして出演すると聞いている。22時代だと言っていた。そろそろだろうか。皿を片付け、戸締りをして、ベッドに入ってテレビをつける。ちょうど次がクロッカスの番らしく、司会がバンドの紹介をしている。
『今年が初出場ですが、どうですか? リーダーの天宮さん。今のお気持ちは』
『めちゃくちゃ緊張してます。てか、生放送も初めてなんすよ』
『失敗してもカット出来ないという点ではライブとなにも変わんないと思うけどなぁ』
空美さんが言う。流石。肝が据わっている。
それより、実さんが心配だ。きららさん以上に緊張しているように見える。届かないとは思うが『見てますよ。頑張って』とメッセージを送ってみる。案の定、スマホを確認する素振りは無く、そのまま準備に入った。大丈夫だろうか。心配していると『準備が出来たようです』と司会が言う。
『それではお聴きください。クロッカスで『I hate you』』
画面が切り替わり、ヴァイオリンを奏でる実さんの手元がアップで映される。暗く、重い、だけどどこか強い旋律が奏でられる。後から追うように、ギター、ベース、ドラムの音が入る。その旋律に乗せて、きららさんが歌う。
『初めて恋をしたあの日 心が踊った
許されない恋だったけれど 乗り越えられると信じた
だけど無理なのね 世界は甘く無いわ
引き裂かれた私達 二度と恋をしないと誓った
心を殺して 敷かれたレールの上をただ歩くと決めた
なのになんで貴女は
嫌い嫌い嫌い嫌い大嫌いよ
太陽みたいに眩しい貴女が大嫌い
お願い優しくしないで もっとわたしを苦しめて
その手を離してわたしを絶望の底に突き落として
嫌い嫌い嫌い嫌い大嫌いよ
陽だまりみたいに暖かい貴女が大嫌い
お願い優しくしないで わたし以外に優しくしないで
サビで何度も嫌いと繰り返す歌詞が特徴的なこの曲は実さんが作曲している。I hate you。直訳すると、私はあなたが憎い。歌詞の中身は私に対する憎しみ混じりのラブソング。
最後の最後まで『好き』とか『愛してる』という分かりやすい愛の言葉は出てこない。けど私には分かる。これはラブソングなんだと。付き合う前からずっと向けられてきた愛憎や恋慕が、この曲には痛いほどこもっているから。
「こんな重苦しい私情を公共の電波で流すなよ……もー……」
呟くと、一瞬カメラに抜かれた実さんと目が合う。実さんはふっと、悪戯っぽく笑い、口パクで何かを呟く。『貴女なんて大嫌いよ』そう言われた気がした。
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