結婚式(side実)

大嫌いで愛しい貴女と

 昔から、結婚という制度が嫌いだった。結婚は、異性愛者の特権だから。

『お嫁さんになりたい』そう無邪気に言えてしまう小さな女の子にさえ、嫉妬していた。いつか同性に恋をして、その夢が叶わない現実を突きつけられて、わたしと同じように絶望すれば良い。そう思っていた。

 彼女と付き合ってからは、考えが変わった。お嫁さんになることを夢見る小さな女の子が、いつか女の子を好きになって絶望する世界のままで良いはずがないと思えるようになった。

 そして現在、法律が改正されて、この国の女の子は、女の子を好きになってもお嫁さんになる夢を諦めなくて良くなったのだ。

 私は今、憧れの純白のドレスに袖を通して、結婚式場の控え室にいる。そして、何故か同じく純白のドレスを着たに凝視されている。


「……さっきから何」


「綺麗だなぁと思って。見惚れてます」


 絶対嘘だ。彼女が人間に見惚れたことなんてない。


「適当なこと言わないで」


「はい。すみません。本当は、こっち見て綺麗とか可愛いとか一言くらい言えよって圧かけてます」


 こうやって、やたらと可愛いと褒められたがるところが鬱陶しいと思うと同時に、それが可愛いと思ってしまっている自分も居る。悔しい。


「……黙っていれば可愛い」


「一言余計だし、見てないし。はい、やり直し」


 彼女はため息を吐き、彼女を視界に入れる。あぁ、ムカつくくらい可愛い。なんなんだこの女。中身はクソなのに。私の心臓が『可愛すぎて直視出来ないわ!』とはしゃぐ。うるさい。ほんとうるさい。この面食い。


「おいこら。今が人生で一番可愛い私だぞ。ちゃんと目に焼き付けとけよ。ほら。期間限定のUSRウルトラスーパーレアだぞ」


 こういううざいところさえ、恋という呪いのせいで可愛いに変換される。というか、なんなんだ。今日はやけにテンションが高い。結婚式というイベントにはしゃいでいるのだろうか。あぁ、可愛いムカつく。ほんとにうざ可愛いムカつく


「う、うるさいわね!なんなのよそのテンションの高さは!」


「いや、だってさ。可愛くない?今の私」


「貴女はいつだって可愛いわよ!」


「知ってる」


「謙遜しなさいよ!ていうか……人に求めるなら自分も言いなさいよ……」


 私だって今日はまだ可愛いと言われていない。


「可愛いよ。実」


「やり直し」


「あぁ?」


「……心がこもってない」


「んだよそれ……ほんとわがまま」


「貴女ほどじゃないわ」


「……はぁ。全くもう」


 ため息を吐くと、彼女は私の隣に座った。そして耳元に顔を寄せ、囁く。


「……綺麗だよ。実。愛してる」


 その瞬間、心臓が飛び跳ねて、乙女のようにきゃーきゃーと騒ぐ。真っ赤に染まっているであろう私の顔を見て、彼女はニヤニヤする。本当にこの女は……!


「……馬鹿。バカバカバカバカ!バーカ!この変態!」


「んだよ。要望に応えてやっただけなのに」


「少しくらいは照れなさいよ馬鹿!」


「で?私には何も言ってくれないわけ?」


「……綺麗よ」


「目見て言って」


「う……」


 要望に応え、視線を彼女に向ける。しかし、純白のドレスが眩しすぎて見れない。


「もー。何照れてんだよ今更……」


「……貴女には分からないでしょうね」


「分かんないね。恋する乙女の気持ちなんて」


「こんな時でも貴女は、わたしにときめいたりしないのね」


 分かってはいるし、諦めている。側にいるだけで充分だと口では言えても、やっぱり悔しい。


「……そうだね。けど……綺麗だと思ってるのは本当だよ。世界一可愛い私の隣に立つに相応しいくらい」


「何よそれ。ほんとナルシストね。貴女」


「いいじゃん。自己肯定感高い方が人生楽しいよ」


「……はぁ」


 本当に、彼女のこういうところが嫌い好きだ。


「……貴女と話していると、調子が狂う」


「好きって意味で良い?」


「どう解釈したらそうなるのよ」


「けど好きでしょ?私のこと」


「……嫌いよ」


「好きじゃん」


「聞こえなかったの?」


「嫌いは好きの裏返しだろ」


「……貴女なんて大嫌い」


「はいはい。ありがとー」


 肩に頭を寄せて甘えていると、コンコンと、扉をノックする音が聞こえた。反射的に彼女から離れる。


「どうぞー」


 彼女が許可を出すと、入って来たのはきらら、空美、静の三人。柚樹は後から友人と来るらしい。


「じゃ、また後で」


 きらら達が去って行き、入れ替わりでまた人がやって来る。


 次々と控室にやってくる来客の中に、私の両親は居ない。別に寂しさは無かった。むしろ、来ないでくれて清々している。

 一応、結婚する前に挨拶には行った。しかし、母とは会えたが、父は会ってくれなかった。顔も見たくないらしい。

 ただ、結婚を反対されることは無かった。母曰く『お前はもう一条家の人間じゃない。勝手にしろ』だそうだ。それはきっと、優しさから来た言葉ではない。わたしなんて、最初からどうでも良いのだ。父は最初から長兄しか見ていなかったから。わたしだって、父のことなんてどうでも良い。大嫌いだった一条という苗字も捨てた。やっと捨てられた。

 意外だったのは、長兄がわたしの結婚を祝いにやって来たことだ。父と同じく、わたしのことなんて気にかけていないと思っていたから呼ばなかったのに。満が招待してくれていたらしい。いつの間に仲良くなったのやら。全く。

 ちなみに、バージンロードは満と一緒に歩いた。柚樹ならまだしも、ろくに関わりもしなかった父とも、わたしを人形代わりにしていた母とも歩きたく無かったから。


「では、誓いのキスを」


 神の前で愛を誓い合い、キスで誓いを閉じこめる。そんな日をずっと夢見ていて、諦めていた。諦めていた夢が今、叶った。感極まって、涙が溢れ出す。


「泣きすぎだろ」


「っ……貴女も泣きなさいよ」


「無茶言うなよ」


 彼女は一滴も涙を流さなかった。けれど代わりに、幸せそうな優しい笑顔を見せてくれた。クソ女のくせに良い顔をする。ムカつく。


 それから、式は滞りなく進み、あっという間に終わった。ブーケトスは参加したい人だけ参加してもらった。既婚者も未婚者も、性別も関係無く。

 私が投げたら飛ばしすぎてしまうからと、ブーケはわたしに託された。わたしが投げたブーケは人波に揉まれ、最終的に柚樹の手に渡った。よりによって、一番結婚に興味が無さそうな男の手に。


「一番結婚に縁無さそうな奴が取るなよー!」


「はははー。ごめんねー。はい、静ちゃん。保存よろしく」


「知り合いの花屋に頼んで加工してもらいますね」


「ん。頼んだ」


 静は今も柚樹と一緒に暮らしているらしい。

 なんだかんだで静は彼のことが好きなのだろう。これ言ったら嫌な顔されそうだけど。


 二次会には、ほとんどの参加者がそのまま参加した。星野くんや杏介兄様は仕事があるからと帰って行ったが、忙しそうな星野流美さんは意外にも残るらしい。正直、帰ってほしかった。嫌いなわけではないが、苦手だ。


「流美さんは明日休みなの?」


「そう。久しぶりのオフ」


「……ちっ」


「ね゛ぇー!なんで舌打ちするのよー!」


「だー!もう!いちいちくっつくな!この酔っ払い!」


 流美さんは満が気に入っているらしく、いつもベタベタしている。昔からそうらしい。まぁ、あの人のスキンシップが激しいのは彼女相手だけではなくて、女性全体に対してなのだけど。とはいえ、今日くらいはやめてほしい。わたしの妻なのに。というか、満も妻のわたしをほったらかして何やってるのよ。と、柚樹に愚痴りながらやけ酒をする。

 だんだん眠くなってきた。


「ちょっと。満ちゃーん!この酔っ払いなんとかして!」


「あ?うわっ!ちょっと目を離した隙に人の妻に何してんすか柚樹さん!最低ー」


「いや、妹だし。てか、自分から来たし」


「もー……どんだけ飲んでんだよあんた……」


 呆れながら、彼女は私を柚樹から引き剥がそうとするが、しがみついて抵抗する。


「拗ねてんじゃねぇよ良い歳して」


「貴女こそ、誰と結婚したか自覚してるの?」


「してるって。もー!流美さんがベタベタくっつくから!」


「にゃははー。ごめんねぇー」


 とか言いつつ離れない流美さん。全く。この女は。


「人のせいにするのね。最低」


「あぁもう。あんたほんと、酔うと余計めんどくせぇな。ほら、おいで」


 強引に引き剥がされ、抱き締められる。それだけで、もやもやは一瞬にして晴れてしまう。と、同時に一気に眠気が増した。


「はいはい。寝て良いよ。二次会終わったら連れ帰ってやるから」


「やだ……放置しないで」


「しねぇよ。側にいてやるって」


「他の女といちゃついてたくせに」


「いちゃついてねぇよ」


「貴女は誰のもの?」


「あんたの妻ですよ。けど、だからって所有物じゃ無いんだから、間違っても縛って家の地下室に監禁したりとかすんなよ?」


「しないわよ……心外ね……」


「あんたならやりかねん」


「大体、縛ったって貴女勝手に抜け出すじゃない。この間だって結局——「ちょっ。待て待て。その話はまた後で聞くから」


 眠い。自分でも何を言っているかよくわからなくなって来た。




 気付いた頃には日付は変わっていた。ホテルの部屋で、隣にはパジャマ姿の彼女。私もパジャマだ。彼女が着替えさせてくれたのだろうか。布団のシーツが乱れている形跡はない。何も無かったのだろう。


「……」


 こちらを向いて安らかに眠る彼女の寝顔を見つめる。可愛い。ほんとに可愛い。黙っていればだけど。

 口を開けば生意気で、下品で、彼女の見た目に惹かれた人達が『詐欺だ』と言いたくなる気持ちは痛いほどわかる。だけど、なんだかんだでわたしは彼女の性格が嫌いではない。本当に嫌いだったら結婚なんてしない。

 彼女には素直に言えないけど。だけど、言葉にしなくたって、どうせそんなこと分かりきっている。わざわざ言ってやる必要なんてないだろう。

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