結婚式(side満)
あなたに対する恋情は無いけれど
昔から、ウェディングドレスに憧れはあった。けれど、結婚に対する憧れはなかった。むしろ、嫁姑問題とか、不倫とか、親戚付き合いとか、色々とめんどくさそうだなぁと思っていた。そんな捻くれた子供だったのだ。私は。子供の頃の私に『未来のお前は良いとこのお嬢様と結婚することになるぞ』なんて言っても信じないだろう。人生は何があるかわからないなと思いながら、私を見ようとしない妻を見つめる。
「……さっきから何」
「綺麗だなぁと思って。見惚れてます」
「適当なこと言わないで」
「はい。すみません。こっち見て綺麗とか可愛いとか一言くらい言えよって圧かけてます」
「……黙っていれば可愛い」
「一言余計だし、見てないし。はい、やり直し」
彼女はため息を吐き、ちらっと視線だけ私に向けた。そして戻し、顔を逸らした。回り込むが、逸される。
「おいこら。今が人生で一番可愛い私だぞ。ちゃんと目に焼き付けとけよ。ほら。期間限定の
「う、うるさいわね!なんなのよそのテンションの高さは!」
「いや、だってさ。可愛くない?今の私」
「貴女はいつだって可愛いわよ!」
「知ってる」
「謙遜しなさいよ!ていうか……人に求めるなら自分も言いなさいよ……」
「可愛いよ。実」
「やり直し」
「あぁ?」
「……心がこもってない」
「んだよそれ……ほんとわがまま」
「貴女ほどじゃないわ」
「……はぁ。全くもう」
ため息を吐き、彼女の隣に座り、耳元で囁く。
「……綺麗だよ。実。愛してる」
すると、みるみるうちに彼女の顔が赤く染まり、突き飛ばされた。
「……馬鹿。バカバカバカバカ!バーカ!この変態!」
「んだよ。要望に応えてやっただけなのに」
「少しくらいは照れなさいよ馬鹿!」
「で?私には何も言ってくれないわけ?」
求めると、彼女は目を逸らして呟くように言う。
「……綺麗よ」
「目見て言って」
「う……」
視線を私に戻すが、再び逸らしてしまう。
「もー。何照れてんだよ今更……」
「……貴女には分からないでしょうね」
「分かんないね。恋する乙女の気持ちなんて」
「こんな時でも貴女は、わたしにときめいたりしないのね」
「……そうだね。けど……綺麗だと思ってるのは本当だよ。世界一可愛い私の隣に立つに相応しいくらい」
「何よそれ。ほんとナルシストね。貴女」
「いいじゃん。自己肯定感高い方が人生楽しいよ」
「……はぁ」
ため息を吐き、彼女は私の肩に頭を預けた。
「……貴女と話していると、調子が狂う」
「好きって意味で良い?」
「どう解釈したらそうなるのよ」
「けど好きでしょ?私のこと」
「……嫌いよ」
「好きじゃん」
「聞こえなかったの?」
「嫌いは好きの裏返しだろ」
「……貴女なんて大嫌い」
「はいはい。ありがとー」
コンコンと、扉をノックする音が聞こえた瞬間、彼女はバッと身体を起こして私から離れた。
「どうぞー」
入って来たのはきららさん、空美さん、静さんの三人。柚樹さんは後から愛沢さんと来るらしい。
「じゃ、また後で」
きららさん達が去って行き、入れ替わりでまた人がやって来た。
次々と控室にやってくる来客の中に彼女の両親は居ない。会場にも、その姿はない。
一応、結婚する前に挨拶には行った。しかし、母親とは会えたが、父親とは会えなかった。顔も見たくないらしい。
ただ、結婚を反対されることは無かった。母親曰く『お前はもう一条家の人間じゃない。勝手にしろ』だそうだ。優しさか無関心かと言われれば、恐らく後者だろう。元々彼女の父親は長男の杏介さんしか見ていなかったらしいから。
その杏介さんは、彼女には黙って私が招待した。彼女は驚いていたが、なんだかんだで彼のことを嫌ってはいないらしい。
ちなみに、バージンロードは父親や母親と一緒に歩くのが決まりだと思っていたが、特に決まりはないらしく、パートナーと歩くのもありらしい。彼女の希望で一緒に歩いた。
「では、誓いのキスを」
神の前で愛を誓い合い、キスで誓いを閉じこめる。ふと彼女を見ると、ボロ泣きだった。
「泣きすぎだろ」
「っ……貴女も泣きなさいよ」
「無茶言うなよ」
それから、式は滞りなく進み、あっという間に終わった。ブーケトスは参加したい人だけ参加してもらった。既婚者も未婚者も、性別も関係無く。
私が投げたら飛ばしすぎてしまうため、実さんに投げてもらった。彼女が投げたブーケは人波に揉まれ、最終的に柚樹さんの手に渡った。
「一番結婚に縁無さそうな奴が取るなよー!」
「はははー。ごめんねー。はい、静ちゃん。保存よろしく」
「知り合いの花屋に頼んで加工してもらいますね」
「ん。頼んだ」
あの二人は今も一緒に暮らしているらしい。なんだかんだで仲が良い。
二次会には、ほとんどの参加者がそのまま参加した。望や杏介さんは仕事があるからと帰って行ったが、忙しそうな流美さんは意外にも残るようだ。
「流美さんは明日休みなの?」
「そう。久しぶりのオフ」
「……ちっ」
「ね゛ぇー!なんで舌打ちするのよー!」
「だー!もう!いちいちくっつくな!この酔っ払い!」
酔っているせいか、いつも以上にスキンシップが激しい。
「ちょっと。満ちゃーん!この酔っ払いなんとかして!」
柚樹さんが助けを求める声が聞こえて来た。見ると、実さんが彼にもたれかかっている。彼女も結構酔っているようだ。
「あ?うわっ!ちょっと目を離した隙に人の妻に何してんすか柚樹さん!最低ー」
「いや、妹だし。てか、自分から来たし」
「もー……どんだけ飲んでんだよあんた……」
彼から彼女を引き剥がそうとするが、彼女はイヤイヤと首を振って彼から離れようとしない。
「拗ねてんじゃねぇよ良い歳して」
「貴女こそ、誰と結婚したか自覚してるの?」
「してるって。もー!流美さんがベタベタくっつくから!」
「にゃははー。ごめんねぇー」
とか言いつつ離れない流美さん。全く。この酔っ払いは。
「人のせいにするのね。最低」
こっちの酔っ払いもめんどくさい。
「あぁもう。あんたほんと、酔うと余計めんどくせぇな。ほら、おいで」
強引に引き剥がし、抱き締めてやると「眠い」と言いながら私の肩に頭を埋めてきた。
「はいはい。寝て良いよ。二次会終わったら連れ帰ってやるから」
「やだ……放置しないで」
「しねぇよ。側にいてやるって」
「他の女といちゃついてたくせに」
「いちゃついてねぇよ」
「貴女は誰のもの?」
「あんたの妻ですよ。けど、だからって所有物じゃ無いんだから、間違っても縛って家の地下室に監禁したりとかすんなよ?」
「しないわよ……心外ね……」
「あんたならやりかねん」
「大体、縛ったって貴女勝手に抜け出すじゃない。この間だって結局——「ちょっ。待て待て。その話はまた後で聞くから。って、ちょっ、実さん?」
彼女はそのまま、私の腕の中で寝息を立て始めてしまった。
「もー……。私、部屋戻るわ。お疲れみたいだから」
眠ってしまった彼女を抱き上げて、ホテルに戻る。
彼女をベッドに下ろして、とりあえずシャワーを浴びに行こうとすると、彼女に腕を掴まれベッドに引き込まれた。そしてそのまま、何も言わずに唇を奪われる。
「ん……ちょっと……酒くせぇんすけど……てか、着替えたいんだけど……」
「うるさい……黙って抱かれなさい」
「やだよ。絶対あんた途中で寝るじゃん」
「寝ない……わよ……」
言ってる側から私の上で力尽きた。
「もー……中途半端に焚きつけやがってこの野郎……」
退かして、シャワー浴びに行く。戻ると、彼女は完全に眠っていた。突いてももう起きない。脱がせて着替えさせても一切起きない。よっぽど疲れたのだろう。
脱いだドレスをハンガーにかけてからベッドに入ると、待ってたと言わんばかりに抱きついてきた。
「……満……好きよ」
「……はい。知ってます。私も好きだよ」
眠る彼女を抱きしめる。
相変わらず私の心臓は、彼女に対する恋情を主張しない。十年近く付き合っているけれど、今日まで一度もなかった。多分、この先もないだろう。だけど別に、彼女が嫌いなわけでは無い。好きだ。恋情は無いけれど、愛情はある。その愛はきっと、この先も冷めずに続いていくだろう。そうじゃなければこんなめんどくさい人と十年も一緒に過ごせないから。
「愛してるよ。実。……おやすみ」
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