「骨の髄まで愛して」後日談の裏

他人の空似

 21歳になったばかりの夏。その日は彼女と夏祭りに来ていた。

 が、逸れた。毎年のことだ。あの子は少し手を離すとすぐにどこかへ行ってしまう。

 子供か。と呆れながら、彼女に電話をかける。


「もひもひー」


「ちょっと。呑気に何食べてるのよ」


「……ベビーカステラ」


「あなたねぇ……」


「いやぁ。近くにあったから。うわっ。あー……ごめん。カステラ落とした……」


「カステラはいいから。カステラの屋台の近くに行けばいい?」


「いや、今たこ焼きの屋台の方に向かってる」


「はぁ……待ってるから。貴女の方から来て」


「行くけどさぁ、どこに——」


 急に黙る彼女。どうしたのかと問うと「実さん、分身した?」と呟いた。


「はぁ?分身?」


「……あー……いや、ごめん。ちょっと今、女の子に声かけられて。多分、人探してるんだと思う。ちょっとまたかけ直すわ」


 そう言って彼女は電話を切ってしまった。分身という言葉に引っかかりつつ、人が少なくて目印になりそうな場所を探す。

 すると、射的の屋台の近くに彼女に瓜二つな少女を見つけて思わず二度見する。桃色の浴衣がよく似合う可愛らしい女の子。だけど、彼女が着ていた浴衣は黄色だし、持っていたスマホのカバーも全然違う。まさか、ドッペルゲンガーだろうか。そう思っていると、ドッペルゲンガーと目が合う。そして彼女は泣きながら、わたしでは無い誰かの名前を呼びながら駆け寄ってきた。


「良かったぁ……電話繋がらねぇし……もー!ちゃんと充電しとけよ馬鹿!」


 声や口調までそっくりだ。


「……あの。わたし、イクミじゃないのだけど」


「……え?あれ?人違い?でもめちゃくちゃ似てる……」


「……わたしが貴女の知り合いに似てるの?」


「似てるっつーか……瓜二つっす。他人の空似ってあるんですね。あ、ごめんなさい。私、望月もちづき桃花とうかって言います。高校三年生です」


「わたしは一条いちじょうみのり。大学三年。それで……わたしが探している子も貴女に瓜二つなの。気持ち悪いくらい」


「……なんでそんな嫌そうな顔なんですか」


「……ほんっと似てるなと思って」


 とりあえず屋台の近くに移動したところで、本物から電話がかかってきた。


「もしもしー。ごめんごめん。あのさ、私にそっくりな女の子見なかった?」


「ええ。見たわよ」


「お。一緒に居んの?トウカって名前の子?」


「ええ。そう。もしかして、さっき話してた女の子の連れかしら」


「うん。さっき話してた女の子の連れらしくて」


「ドッペルゲンガーかと思ったわよ」


「あ?ドッペルゲンガー?マジで?そんなに似てんの?ははっ。こっちもあんたそっくりなんだけど。何その偶然」


「射的の屋台の近くに居るから。早く来なさい」


 電話を切ると、桃花は丁寧に頭を下げた。


「貴女の連れ、どんな子?」


「えっと……一言で言うなら番長」


「……それ、貴女じゃなくて?」


「いやぁ私は……まぁ……はい」


「……貴女、見た目と中身のギャップが激しいってよく言われるでしょ」


「もしかして、実さんの知り合いもそんな感じなんですか?」


「番長とか、魔王とか、物騒なあだ名ばかりつけられてる」


「へ、へぇー……」


「あれに比べたら貴女は大人しそうね」


「そ、そう見えます?」


「……ほんっとそっくりね」


「それはこっちの台詞なんですよ。てか、その顔でその口調ってなんかすげぇ違和感あります」


「……そう言われても」


 屋台の近くに戻り、話しながら満を待つ。

 わたしにそっくりだという桃花の連れは、桃花の恋人らしい。そんなところまで似なくていいのに。

 ちなみに、桃花の誕生日は4月12日。流石に誕生日まで同じではないようだが、桃花という名前は誕生花からきているらしい。つまり、誕生花は同じ。なんなんだその偶然。


「おっ。居た居た。みのりさん!」


 満が合流する。並ぶとやっぱり瓜二つだ。双子みたいだ。桃花の連れも確かにわたしに似ているけども。


「……桃花の方が可愛いわね」


「あ?なんだ?浮気か?若い方が良いってか?」


「若いって、二つしか変わらないじゃない。ていうか、そこじゃないし。いいじゃない別に。わたしが浮気したって貴女は悲しくもなんともないんでしょう?」


「まーたすぐそうやって拗ねる。めんどくせぇ女だなほんと。それでも良いって言ったのあんたじゃん」


 それを言われてしまっては何も言い返せない。


「……悪かったわね。めんどくさくて」


「あのー……痴話喧嘩に巻き込まんといてくださいよ」


 桃花に苦笑いされ、はっとする。二人がいることを忘れていた。二人はあまり痴話喧嘩はしないらしい。その辺りはわたしたちとは違うようだ。

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