三年目以降

付き合って一年

恋という呪い

「満。今日なんの日か知ってる?」


「今日?えっと……」


「……そうよね。貴女はそういうの気にしないものね」


 私の膝に寝転がり、彼女は不満そうに言う。カレンダーを見る。5月の終わり。国民の祝日というわけではない、なんでもない日。

 5月の終わりというと確か……


「キスの日?」


「違う」


「今日じゃなかったっけ。キスの日」


「知らないわよそんな日。誰が決めたのよ」


「なんだっけなぁ……確か、日本で初めてキスシーンがある映画が上映された日だった気がする」


「……そんな無駄知識に割く容量があるなら学校の勉強に使いなさいよ」


「世の中に無駄な知識なんてないですよ」


「成績悪いくせに偉そうに。目の前の問題集に集中しなさいよ」


「あんたから話しかけてきたんじゃん。ほんと理不尽だな。つか、結局なんの日か答えは教えてくれないの?モヤって集中出来ないんすけど」


 問題集を解く手を止めて、膝の上でごろごろする猫の頭を撫でながら問いかける。


「……一周年よ」


「一周年?」


「……わたしと貴女が付き合って、今日で一年になるの。……それだけ」


「……」


「何よ。そんなのいちいち気にしてるなんて重いって言いたいの?」


 正直に「はい」と答えたら怒られるんだろうなぁ……。


「『正直に答えたら怒られるんだろうな』とか思ってるんでしょ」


「うわっ、心読むなよ!怖っ!」


「貴女の考えてることくらいわかるわよ。……どうせ気にしてないことも、分かってた」


「分かっていながら拗ねるなよ。ほんとめんどくさいなあんた。で?一周年だから何?抱いてって?」


 冗談のつもりでそう言うと、睨まれ、頬を叩かれ、指を噛まれた。

 抱き上げ、ベッドに降ろして馬乗りになる。


「な、何よ。ちょっと」


「いや、抱いてほしいのかと思って」


「馬鹿!なんでそうなるのよ!」


「結構長いこと勉強したしさぁ、そろそろ休憩させてよ。先生」


「っ……」


「ほら、先生の大好きな指ですよー。欲しいでしょう?ほら。食べて良いよ」


 人差し指で唇をなぞり挑発すると、彼女は先ほどよりも強く噛んだ。

 私を睨みつける憎しみに満ちた視線の中には、隠しきれない恋慕と、大嫌いな私に対する恋慕に抗えない悔しさが潜む。

 彼女のその、愛憎と呼ぶに相応しい視線が、私はたまらなく好きなのだと改めて感じる。


「貴女、MなのかSなのかどっちなのよ……」


「Mではないと思いますよ。噛まれてることより、噛んで抵抗するほど嫌がってるくせに善がってる姿に興奮してますから。身体は素直ですね。あんたと違って」


「う、うるさいわよ……この……っ……ど変態……」


「その生意気な態度、最高に可愛いっすよ」


「この……クソ女……っ……ぁっ……んぅ……っ……」


「気持ちいいね。実さん」


「き、気持ちよくな——っ……!」


「親と弟居るから。声抑えて」


「っ……っ……」


「そう。良い子」


 本来なら結ばれるはずなかったであろう私達を結んだのは、恋というのろいだ。

 その呪いは、私が無意識に彼女にかけてしまったらしい。私がかけたとはいえ、私にその呪いを解いてやることは出来ない。だからせめて、責任をとって、彼女が私を必要とする限りは側にいると決めた。

 一般的に、恋の寿命は三年らしい。私が無意識にかけたらしい呪いは、いつかきっと解ける日が来る。その時が来たら、彼女は私を手放すのだろうか。今の私には、いつかそんな日が来るとは到底思えない。彼女が私を求めるのは、もはや呪いのせいだけではない気がするから。

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