実の二十歳の誕生日
甘え上戸
「二十歳の誕生日おめでとう。実さん」
「……ありがとう」
今日は実さんの二十歳の誕生日。
「私はまだ未成年なので。今日はノンアルで」
「ほんと、変なところで真面目ね」
赤ワインで乾杯をする。彼女のはアルコール入りだが、私のはノンアルコールだ。
「実さんの親って、酒強いの?」
「……さぁ。知らないわ。けど、兄はそこそこ」
「ふぅん。あんた、酔ったらどうなるんだろうな」
「さぁね」
「泣き上戸に一票」
「人前で泣くなんて恥ずかしい真似しないわ」
「そうか?割と泣いてるけどなぁ」
「……それは貴女だから」
「……もう酔った?」
「まだ一口しか飲んでないわよ」
「もっとぐびぐびいけよ」
「どれくらい飲めるのかも分からないんだから一気飲みなんて出来るわけないでしょ。倒れたら貴女責任とってくれるわけ?」
「……はい。すみません。冗談ですよ」
「全く……」
食事を始めて数分。流石にまだ変化はない。
彼女はちびちびと慎重に飲み進める。なかなか減っていかない。
「……満はお酒強そうね」
「わからんけど、母さんも父さんもまあまあ飲むから、強いんじゃないかな」
「……
「母さんは引くほど酒豪」
「貴女が引くって相当ね」
「家でスピリタス使って果実酒作ってるくらいだからな」
「スピリタス?」
「世界一強い酒」
「……世界一?」
「日本一じゃないよ。世界一。その辺の消毒液より高い」
「そんなもの日本で入手出来るのね……」
「普通に売ってるよ」
「ふぅん」
少しずつ、少しずつ彼女の身体にワインが流し込まれていく。様子に変化が出始めるのはいつなのか。期待しながら、酔いが回り始めるのを待つ。
「……さっきから何?じろじろと。アルコールに何か入れたりしてないでしょうね」
「入れてねぇよ。何も。あ、媚薬はアルコールに混ぜた方が効きがいいらしいですよ。今度試す?」
「試さないわよ。ていうか、媚薬って実在するの?」
「興味あるんだ」
「……無いわよ」
「間がありましたけど?」
「うるさいわね……」
「今度買っとくね」
「要らない」
「必要無いか。実さんには」
「ほんとうるさい。ご飯が不味くなるから下品な話やめて」
「はぁい」
ちびちびちびちびと、少しずつ、少しずつ飲み進めていく。
やがて、彼女の少し頬が紅潮し始めた頃、彼女は手を止めてぽつりと呟いた。
「……満。いつも、悪態ついてごめんなさい」
思わず手を止めてしまう。酔うと本音が出ると言うが、それが彼女の本音だろうか。
「なんすか今更。別に気にしてないよ」
「……ほんとは、貴女にはとても感謝してるのよ。貴女がいなかったらわたしはきっと、この世にはいないから」
「……それがあんたの本音?」
彼女はその問いかけには答えず、ハッとして、恥ずかしそうに目を逸らして酒を煽った。最初より少しペースアップし始めた。
「あんま飲み過ぎんなよ。倒れられたら困るから」
「ぐびぐびいけって言ったじゃない」
「冗談だってば。ちょっと水持ってくる」
立ち上がろうとすると、彼女が私の腕をパシッと掴んで止めた。
「……や。行かないで」
「水取りに行くだけだって」
「嫌。ここ来て」
とんとんと、彼女は自分の膝を叩いた。普段の彼女なら絶対にやらない。完全に酔い始めている。
「ねぇ……来て……?私の上に乗って?」
「……誘ってんの?」
「んーん……誘ってない……いいから来て」
「へいへい」
思ったより面倒くさい酔い方するなと思いつつ、素直に従って彼女の方へ行く。細い足の上に座るのは抵抗があったため、足を開かせて間に座る。
すると彼女は甘えるように私の背中に頭を預けてきた。
「……満。好きよ」
普段のツンツンした態度とのギャップに戸惑ってしまう。ツンデレからツンが抜けてデレデレになっている。
母は、酒を飲んでもほとんど変化がない。父は少し口数が増えるくらいだ。酔ってここまで変わる人は初めてだ。
「ねぇ……満は?満はわたしのこと好き?」
「好きですよ」
「……嘘吐き」
「あぁ?」
「わたしじゃなくても良いくせに……」
今度は急に拗ね始めた。酔って素直になったならいつもよりめんどくさくないかと思ったが、めんどくささは酔っても変わらないらしい。むしろ増したかもしれない。
「あんたじゃなくても良い。けど、あんたが良い。いつも言ってんだろ」
「わたしは貴女じゃなきゃ駄目なのに。悔しいじゃない」
背中に頭を埋めて、ぽつりと呟く。
「……同じ気持ちでいてほしい」
「そう言われてもなぁ」
「……わたしを貴女じゃなきゃ駄目にしたのは貴女よ。責任とって」
「責任とって側にいてやってるじゃん。それじゃ駄目?」
「……死が二人を分つまで、側にいてくれる?」
「あんたがそれを望むなら。そういう契約でしょ」
「どうしてわたしなの?」
「それは私が聞きたいよ。私のこと嫌いなくせに」
「わたしは貴女なんて大嫌いよ。けど……わたしの心臓は、貴女じゃなきゃ駄目だってうるさいの。貴女が欲しい、独り占めしたいってうるさいのよ」
「ふーん」
「……どうして、わたしなの?」
「あんたが私を求めたから。私じゃなきゃ駄目だって言ったから」
「誰でも良いくせに」
「あんたは私じゃなきゃ駄目なんだろ。私はそれに応えたかったから応えた」
「……」
「言っとくけど、あんたの望む答えはあげられないからね。あげたってあんたはどうせ『嘘吐き』とか言って拗ねるし。私はどうしたって、あんたの望む答えを本当に出来ない。だから、正直に答えてる」
「……貴女って、ほんと変なところで真面目ね」
きゅっと、腰に回された腕に力が籠る。
「恋という呪いがなかったらわたしは、貴女なんて選ばなかった」
「でしょうね」
「……けど、今は感謝してるの。恋があったから、わたしは貴女を手に入れられた。死ぬまで手放してあげないから」
「そうですか。じゃあ私も、死ぬまであんたのそばに居てあげますよ」
「絶対先に死んでやる。大嫌いな貴女の死に顔を見て泣くなんて、ごめんだわ」
「先に死んだら契約は解消ってことで良いんですかね」
「……他の女のところ行ったら呪い殺してやる」
「おー。怖っ。じゃあ、せいぜい長生きしてください。若くして死なれて、その先の長い人生を一人で生きろなんて、寂しすぎますからね。私、こう見えて寂しがり屋なんすよ」
「……わたしは貴女が若くして先に逝ったら追いかけるけど」
「おいおい。迎えに行くまで待てないのかよ。どれだけ私に執着してんだよあんた」
「……そうさせたのは貴女よ。だから、長生きしなさい。先に死んだら遺骨踏み潰して粉々にしてやる」
「そこに私はいませんけどね」
「うるさい。……絶対……先に死んだら……許さないんだからぁ……うぅ……満の馬鹿……バカバカバカバカバカ!」
背後から嗚咽が聞こえてきた。背中がじんわりと温かい。
「いや、まだ死んでねぇけど」
「長生きしろぉ……!」
「はいはい。しますって」
「バカ。バカバカ。バーカ」
何故か突然、耳を甘噛みされた。思わず悲鳴をあげて飛び跳ねてしまうと「死ぬ前に私を抱きなさい」と囁かれた。
「いや、だからまだ死なねぇけど!?」
「うるさい。抱きなさいよ」
「もー……何なんだよ急に……つか、抱かれる側でいいの?いつもなら抱きたがるくせに」
「……どうせ、下手くそって言われるし。……それに……今は……貴女を感じたい気分だから……ここに居るって、感じたい。……甘えたい」
私の背中にぽつりぽつりと呟きをこぼす彼女。彼女が飲んだのは本当にただのアルコールなのだろうか。惚れ薬だったりしないだろうか。
ワインボトルのラベルを改めて見ていると、彼女の手が私の太ももをすりすりと撫でた。その手はそのまま上へ上がり、胸へ。そして耳を甘噛みされ、誘うように「満」と吐息混じりの色っぽい声で名前を呼ばれる。
ワインボトルを置き、彼女を抱き上げて寝室へ行く。ベッドに寝かせると彼女は「いっぱい触って」と甘えるように両手を広げた。
「あんた、酔うと可愛くなるんだな」
「いつもは可愛くないって言いたいわけ?」
「いや。……いつも可愛いよ」
「……嘘吐き」
「これは嘘じゃねぇよ」
唇を重ねる。ほんのりとアルコールの香りがした。
その日の彼女は、アルコールに媚薬でも入っていたのでは無いかと思うほどに私に甘えたが、翌朝にはいつも通りの彼女に戻っていた。ほとんど何も覚えていないと言っていたが、彼女が飲んだワインのアルコール度数は10度。飲んだのは一杯だけ。
「それで記憶が飛ぶって相当弱いですね」
そう煽ると、彼女は私の頬を軽く叩いてからそっぽを向き「全部覚えてるわよ。馬鹿」と素直に嘘を認めた。
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