中二の春(満)

松竹梅トリオとの出会い

「ねぇ」


「ん?」


「ずっと気になっていたのだけど、歳上のヤンキーから姐さんと呼ばれるようになったきっかけってなんなの?」


 私には、私を姐さんと呼んで慕う三つ歳上の舎弟が三人いる。実さんも彼らとは一度会っているが、彼らとのことを詳しく話したことはなかった。聞かれたことが無かったし、わざわざ自分から語るようなことでもないから。


「あいつらと出会ったのは確か……中二の春だったかな」




 その日、私はたまたま一人で買い物をしていた。


「はぁ?これだけ?」


「少ねぇなもっともってこいよ」


「こ、これ以上はもう無理です……バイト代が……」


「足りないならママに頼めばいいだろぉ?」


 帰り道で、四、五人の少年が一人の少年を囲んで脅している現場を見かけた。どちらも見た感じ中学生から高校生くらい。脅されている方がちょっと幼い感じがした。


「ちょっとおにいさん達、何してんの」


 相手の年齢とか、性別とか、そんなことは別に気にならなかった。昔から喧嘩には慣れていたから。歳上と喧嘩したことも少なくない。


「あ?なんだこのガキ」


「お前の妹かなんか?」


「い、いや……知らない……」


「私も知らん。たまたま通りかかっただけ。で?一人に寄ってたかって何してんの?ダサッ」


「なんだこいつ。生意気なガキだな」


「調子に乗んなよこのクソガキ!」


 脅していた少年の一人が勢いよく殴り掛かってくる。手で受け止めると、彼は目を丸くした。懐に入り込み、背負い投げする。何が起きたのか分からないという顔をする男の腹に足を乗せ、残る彼らを挑発する。

 すると叫びながら一斉に殴りかかってきた。勢い任せの攻撃をいなし、蹴り返す。


「うっ!」


「兄貴!」


「おいおい、よそ見してる余裕なんてあると思ってんのか?」


「くそっ!なんなんだお前っ……!うわっ!」


「化け物め……」


「美少女に向かって失礼だな」


 カツアゲされていた少年が怯えるように蹲る中、彼から少年たちが少しでも遠ざかるように誘導しながら殴り合い蹴り合った。

 一通りボコり倒し、倒れて気絶した彼らのポケットを探り、カツアゲされた財布を抜き取り、少年に返す。少年はそれを奪うように受け取ってお礼も言わずに逃げ去っていった。

 私も帰ろうとしたと振り返ったところで目が合ったのが、例の三人だった。

 三人の中で一番小さいのがマツこと松原まつばら伊吹いぶき。今も昔も私と10センチ程しか変わらない。妹が私の同級生。

 細ノッポのイケメンがウメこと梅宮うめみや信幸のぶゆき。双子のお兄さんが実さんの実家で働いていた。

 そしてクマみたいにデカイのがタケこと竹本たけもと大樹だいき。妹が私と同じ高校の先輩。

 彼らはたまたま私が喧嘩をしている一部始終を見ていたらしく、目を輝かせながら私に近寄ってきた。


「あんた、すげぇな!何者だ!?」


「通りすがりの中学生だけど……」


「は!?中学生!?」


「嘘だろ」


「すげぇ」


「あ、あの、俺、竹本大樹っていいます。この小さいのが松原伊吹、ノッポが梅宮信幸っす。あんたの名前は?」


「月島満」


「満姐さんって呼んでもいいっすか?」


「……別に構わんけど……竹本さん、歳上だよな?」


「三人とも高2っす」


「歳下の女の子を姐さんって……」


「年齢とか関係ないっすよ」


 タケの言葉に二人は頷いた。


「で、姐さんはなんでそんな強いんすか?なんかやってる?」


「空手やってる。小2からだから……六年くらい?」


 空手を始めたのは弟のためだった。彼は気が弱く、よくいじめられていた。姉として守ってやりたくて、強くなりたいと母に言ったところ空手を勧められた。

 ちなみに今は弟も一緒に通っている。姉に守ってもらって情けないと言われて『姉ちゃんが強くなると俺が惨めだ』と私に八つ当たりしたところ、母にこっ酷く叱られて始めた。

 今はもう守らなければならないほど弱くは無いが、それでもやっぱり私には勝てないようだ。


「弟を守るために強くなりたいとか……動機がかっけぇっすね。さすが姐さん」


 最初こそ、姐さんと呼ばれることに違和感しなかったが、すぐに慣れた。歳上のヤンキーに姐さんと呼ばれ慕われていることを知った同級生や先輩後輩は引いたけど、別に私が呼ばせたわけじゃない。向こうが勝手にそう呼び始めた。





「と、あいつらとの出会いはそんな感じです」


「ふーん。他に子分はいるの?」


「居るには居るけど、私というよりはあいつらの子分なんで、ほとんど関わりないですね」


「……ふーん」


 少し拗ねるような相槌を打って、彼女は私の膝の上に寝転んだ。


「何拗ねてんの?」


「拗ねてない」


「拗ねてるじゃん」


 勉強する手を止めて膝の上の猫の頬をぐりぐりとこねくり回す。うー……と不機嫌そうな声で唸る彼女。ほんとに猫みたいだ。


「……好きですよ。実さん」


「……わたし以外も好きなくせに」


「ほんとめんどくせぇな。あんた」


「……」


 腕を掴まれ、撫でろと言わんばかりに頭に押し付けられる。


「ワー、ミノリチャンカワイイネー」


 要望通りわしゃわしゃと撫でてやるが、お気に召さなかったのか手を払い除けられる。


「……馬鹿にしてるでしょ」


「してます」


「ほんっと性格悪い……」


「あんたに言われたくねぇよ。で?なんで拗ねてんの?」


「……分かんないの?」


「私に乙女心が理解できるとでも?」


「……貴女を慕ってるヤンキー達、本当にただの敬愛なのかなと思って」


「あぁ、私が男からも女からもモテるから心配してんだ」


「……うるさい」


 松竹梅の三人から恋心を告白されたことはないが、それより下っ端の奴らからなら何度かある。その中には女の子も居た。もちろん、彼女達も含めて全て断ったし、実さんと付き合い始めてからは告白は無くなった。わきまえているのだろう。


「心配しなくたって、あんたが私を突き放さない限りは、側に居てやりますよ」


「……その上から目線な言い方が嫌なのよ。わたしを失ったって、貴女にはなんのダメージもない。代わりなんていくらでも探せる。それがどうしようもないくらいムカつく。……わたしが別れ話を切り出したら別れたくないって惨めに縋り付いて欲しい」


「でもあんた、どっちにしろ私を手放したくないんだろ?」


 揶揄うと、バチンと頬をビンタされた。割と本気のビンタだ。痛い。


「貴女のそういうところ、ほんと嫌い」


「悪いな。どれだけ嫌われたって、そこだけは変えらんない。けど正直、本当に別れたいって言われたら寂しい」


「……わたしがそんなこと言う日が来ると思ってるの?」


「全く思わない」


「その揺るぎない自信がほんとムカつく」


「ならわざわざ聞くなよめんどくせぇな」


「……恋心が無かったら貴女なんて好きにならなかったのに」


「良かったじゃん。あって。おかげでこんな性格良くて可愛い天使捕まえちゃって」


「……性格最悪な堕天使の間違いでしょ」


「可愛いは否定しないんだ?」


「……うるさい。悪魔」


 彼女は不機嫌そうにそう言って私の背中に腕を回し、胸に頭を埋めた。左手でその頭を抱え込んで撫でながら、右手で問題集を解き進める。

 彼女の心臓の音はうるさいのに、私のは静かだ。それが気に入らないのか、彼女は私の身体をバシバシと叩いたが「愛してますよ」と囁くと途端に大人しくなって私を抱きしめる腕に力を込めた。


「……ずるい。そういうところ大嫌い」


「はいはい。大嫌いなのに私の側に居てくれてありがとね」


「……馬鹿」


「馬鹿ですよ。だから勉強頑張ってる」


「早く解き終わりなさいよ馬鹿」


「馬鹿だからもう少しかかりまーす」


「……待てないわ」


 シャーペンを奪い取られ、床に押し倒された。


「……少し、しましょう?」


「……五分でイカせられなかったら攻守交代な」


「せめてあと五分くれない?」


「五分で良いの?」


「……一時間」


「……じゃあ三分で交代な」


「減ってるじゃな——きゃっ!」


 彼女の身体を引き寄せ、そのまま横に転がって上下逆転する。


「あんたなんて、三分あれば充分」


「な……どこまでわたしを馬鹿にし——!」


 スマホのタイマーで三分測り、スタートと同時にキスをする。


「ちょっ……待っ……」


「待てるわけないじゃん。三分しかないもん」


 そのまま喋る隙も与えずに攻め続けていると、二分程度で果てた。


「うわっ、雑魚」


「う、うるさい……っ……こんな雑なの……嫌……」


 泣き出してしまった。仕方なくベッドに上げて、優しくゆっくり攻める。


「愛してますよ」


「……うるさい」


「わかりました。黙ります」


「……」


 私が静かになると、代わりに彼女の善がる声と私達の吐息が目立つようになる。それに耐えられなくなったのか彼女は小さく「やっぱりしゃべって」と腕で顔を隠しながら呟いた。腕を退かすと、真っ赤な顔で私を睨んだ。

 彼女に対する気持ちは恋ではないと散々言っているけれど、この恥じらう表情はたまらなく好きだ。この顔を誰にも見せたくないとまでは思えない。だけど、見れなくなるのは寂しい。


「好きですよ」


 囁くその言葉に、嘘偽りはない。彼女の求める好きとは少し違うかもしれないけれど。

 だけど、彼女が私に向ける独占欲は不快だと思ったことはない。それがあるから、私は彼女の側に置いてもらえるのだから。

 いつかその独占欲が消えても側に置いてもらえるように願いながら、今日も私は彼女に愛を囁く。


「愛してますよ。実さん」

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