ホワイトデー
私はあなたを見捨てたりしない
ホワイトデー直前の土曜日。
私は一人でホワイトデーのお返しを選んでいた。実は、望の姉の流美さんから毎年『お返しに自撮り写真をください』と手紙つきでチョコレートを貰っている。要望通り毎年自撮りを送っているのだが、流石に、実さんに対して『ホワイトデーのお返しです』と言って自撮りを送るわけにはいかない。絶対怒られる。
かといって、アクセサリー類は駄目だ。そういう,いかにも本命に対するお返しっぽいものは駄目だ。チョコレートを渡す時も、誕生日プレゼントの時も、私に渡すまでわざわざ柚樹さんの友人に預かって貰っていたらしい。家で保管して親に勘づかれることを避けるために。
まぁ、私と彼女は恋人同士ではないから勘付かれたところで、付き合ってませんと正直に言えばいいだけなのだが、彼女の親はそれを素直に信じてくれるだろうか。私が『同性同士だからあり得ないでしょ』とでも言えば良いだけの話だが、そんなこと、嘘でも言えない。親友が同性愛者なのに言えるわけがないだろう。
となると、やはりお菓子だろうか。
そういえばホワイトデーのお返しのお菓子には意味があるとうみちゃんが前に言っていた。バレンタインデーに貰った大量のチョコレートに対するお返しのクッキーは手軽に用意できるからというだけではなく、『友達のままでいましょう』という意味があるそうだ。他のお菓子にも色々と意味があると話していたが、クッキー以外は忘れた。
スマホを取り出して調べてみる。
マシュマロは"嫌い"、飴は"好き"、マカロンは"特別な人"——
「…特別か…」
特別かどうかと聞かれたら、ある意味そうなのかもしれない。しかし…。
「…私の気持ちを伝えるならこっちかな」
ホワイトデー当日の昼休み。
「ほい。ホワイトデーのお返し。流石に五千円はしないっすけど…安物ではないから、味わって食ってね」
「…ありがとう」
バレンタインデーを過ぎたあたりからだろうか、彼女は以前より大人しくなった。私に対する暴言や嫌味が減った。しかし、思い詰めたような顔をすることも増えた。それから、名前を呼ぶ頻度も増えた。以前は名前を呼ぶことはそういうことをする合図だったのだけど、今は自然に私の名前を呼んでいる。恐らく無意識だと思う。
「…キャラメル…?」
「嫌いだった?」
「いえ。ホワイトデーのお返しでお菓子というと、マシュマロや飴のイメージがあったので」
「お菓子によってそれぞれ意味があるらしいっすよ」
「そういうの気にするの?」
「私は気にしないけど、あんたは気にしそうなんで」
「……じゃあ、あのサボテンも、知ってて渡したの?」
「あ?サボテン?」
一瞬何の話だと思ったが、そういえば彼女の誕生日にサボテンを渡した。しかしそれが何だというのか。首を傾げると彼女は深いため息をついた。
「……花言葉よ」
「花言葉?えっ、サボテンって花言葉あんの?あーでもそうか……花咲くもんな……桃にもあるくらいだし……」
「……そう。やっぱり知らなかったのね。……って、貴女、桃の花言葉知ってたの!?」
「知ってたらまずい?……あ、まさか誕生日にくれた桃のクッションって……」
「べ、べつに意味なんてないわよ!勘違いしないで!」
「ツンデレの典型的なセリフ」
「う、うるさい!」
桃は私の誕生日である3月3日の誕生花で、花言葉は"天下無敵"。『満ちゃんっぽいよね』とうみちゃんが笑いながら教えてくれた。他にもいくつかあった気がするが、忘れてしまった。実さんが顔を赤く染めた理由はきっとその私が忘れてしまった花言葉の中にあるのだろう。
「そ、それで?キャラメルの意味は?なんなのよ」
「しらねぇんすか。花言葉はしってたのに」
「花言葉はたまたまよ。べつに、そういうのに詳しいわけじゃないわ」
「あぁそう?……じゃあ、サボテンと桃の花言葉教えてくれたら教えてあげる」
「……何よそれ。サボテンはともかく、桃の花言葉は知っているのでしょう?」
「"天下無敵"だろ?それ以外にもあるのは知ってるけど、ド忘れした」
「……知らないわ。後で勝手に調べて」
「へいへい。分かりましたよ。じゃあ、キャラメルの意味も後で勝手に調べてくださいね」
「……そうする」
キャラメルの意味は"あなたと一緒に居ると安心する"らしい。あれだけ暴言を吐かれて一緒に居ると安心するなんて変な話だが、不思議と、彼女と居ると落ち着くのだ。激しい愛憎を向けられたって、全て受け止めて一緒に居たいと思うほどに。
だから、安心して私を頼ってほしい。私は逃げたりしないから。一緒に戦ってくれと願ってほしい。彼女から頼ってくれないと、私は何も出来ないから。
そんな想いを込めてキャラメルを選んだのだが、果たして伝わるだろうか。
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