満の誕生日

ひな祭りが似合わない女

「ひな祭りが満ちゃんの誕生日とか、なんかウケる」


「似合わないわよね」


「まぁでも、桃の節句って考えるとぴったりだよな。知ってる?桃の花言葉」


「何?」


「天下無敵」


「…確かに満にぴったりね」


「だろ?あ、桃にちなんだグッズとか良いかもなぁ…」


 二月某日。その日私は、柚樹と一緒に満の誕生日プレゼントを選んでいた。


「桃ね…」


 雑貨屋をぐるぐると周っていると、桃の形をした大きなクッションを見つけた。彼女は割とぬいぐるみやクッションが好きだ。喜ぶかもしれない。そう思って一番大きいサイズのクッションを手に取ると、柚樹に鼻で笑われた。


「…な、何よ」


「いや…いいと思うけどさ、どこに保管する気?」


「…貴方の友達の家」


「だよねー…しゃあねぇなぁ…」


 彼は苦笑いしながらため息をつき、スマホをいじる。


「いいってさ」


「ありがとう」


「ん。…さて、俺はどうしようかなぁ…おっ。見てこの犬。つきみちゃんに似てない?」


 彼が手に取ったのはポメラニアン柄のポーチ。

 つきみちゃんというのは満が飼っている白いポメラニアンだ。


「いいんじゃない?」


「んじゃこれにしよー。そのぬいぐるみいくら?」


「五千円」


「前に渡してたチョコと同じ値段かー。…そう考えるとやっぱあのチョコたけぇな…」


 チョコといえば、ホワイトデーまであと二週間だ。彼女はちゃんと覚えてくれているだろうか。




 そして3月3日の昼休み。私はいつものように彼女を誘って部室で昼食を摂っていた。


「…月島さん、今日、部活終わったあと貴女の家に行ってもいい?」


「何?」


「…渡したいものがあるの。その…今日、誕生日でしょう?」


「あぁ、覚えててくれたんだ。柚樹さんはくれたのにあんたはくれないかと思ってたわ」


「ちゃんと覚えてるわよ。覚えやすいもの」


「サボテン、ちゃんと世話してます?」


「生きてるわよ。ちゃんと」


「良かった。花咲いたら見せてね」


「…えぇ」


「で、なんでプレゼント今くれないの?」


「学校に持ってこれるサイズじゃないから」


「あ?んなデカイもん用意してんの?何?怖っ」


「別に…嫌がらせとかじゃないわ。…ちゃんと真面目に選んだから」


「どれくらいデカイ?」


「…これくらいかしら」


 手で大きさを表すと、彼女は口をあんぐりと開けて固まってしまった。


「…えっ、マジでこわいんだけど。何?」


「貴女が好きそうなものよ」


「…まさか、でっけぇぬいぐるみとかっすか?」


 まさか当ててくるとは思わなかった。


「…えっ、マジ?あたり?ぬいぐるみなの?」


「…ぬいぐるみというか…クッション」


「クッション?へぇ…でっけぇクッションかぁ…いいっすね。嬉しいっす」


「…そう」




 放課後。柚樹の友人の家にクッションを取りに行き、そのまま彼の友人の車で満の家まで送ってもらう。


「ここです」


「はーい」


「ありがとうございます」


 ラッピングされたクッションを抱えて車を降り、彼女の家のインターフォンを鳴らす。

 パジャマ姿の彼女が出てきた。


「うわっ!何それ!デカっ!桃?」


「そう。…桃の節句だから」


「あー。ひな祭りの別名ね。ふーん。…めちゃくちゃ可愛いじゃん。ありがと」


 ラッピングされたクッションを抱えて嬉しそうに笑う彼女。その笑顔を見て、不覚にも可愛いと思ってしまった。


「…じゃ、帰るから」


「ん。わざわざありがと。おやすみなさい」


「…おやすみ。…また明日」


「はい」


 帰りに柚樹が教えてくれたのだが、桃は3月3日の誕生花でもあり、そして、"天下無敵"の他にもいくつかの花言葉があるらしい。

 "チャーミング"、"気立ての良さ"、そしてもう一つあると言っていたが、彼は教えてくれなかった。家に帰り、調べてみる。桃の花言葉。出てきた。柚樹が教えてくれなかった最後の一つは——


……」


 「こっちは実にぴったりだね」と言わんばかりの、柚樹の嫌味っぽい笑みが脳裏に浮かんだ。


「…はぁ…」


 ベッドに身体を埋めてため息を吐く。酷い嫌味だ。人の苦しみも知らないで。

 だけど、私もいい加減覚悟を決めなければ。分かっている。分かっている。

 わたしはそうやって、後何日先延ばしにするのだろう。後何日、彼女を苦しめるのだろう。どうして彼女はこんなわたしをこのクソみたいな世界に繋ぎ止めようとするのだろう。

 わたしじゃなくてもいいと、誰でもいいと言うくせに。どうして——

 どうしてわたしは、未だに彼女の手を取ることを恐れているのだろう。こちらから手を伸ばせば、彼女は必ず助けてくれるのに。そんなこと、分かっているのに。


「好きよ…満…貴女が好き…」


 呟いた声は、誰にも届かずに消えた。

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