二年目
とある夏の日
付き合って初めての
正式に付き合った翌日。彼女が私の家にやって来た。なんだかんだで、テスト週間以外で彼女が家に来ること自体初めてな気がする。
「こんにちは。お母様、お父様」
愛想笑いを浮かべて、いつもよりワントーン高い声で私の両親に挨拶をし、育ちの良さが伺える丁寧なお辞儀をする彼女。いつもなら、二人きりになるとその少々気味が悪い笑顔はスッと消えて、いつもの無愛想な顔に戻るのだけど、今日は違った。
「…満」
部屋で二人きりになるなり、待っていたかのように私に飛びついてきた。
「うぉっ…な、なんすか?なんか悩みでもあんの?」
「…ううん。無いわ。…ただ、甘えたいだけ。いいでしょう?恋人…なんだもの」
恥ずかしそうに、私の肩に頭を埋めて呟くように言う彼女。
この部屋で私は、今まで散々彼女に罵倒された。ビッチとか、クズとか、クソ女とか、死ねとか、一緒に死んでとか、貴女なんて好きにならなければ良かったとか。
それらの言葉は全てSOSのサインでしかなかったから、別に傷つく事はなかったのだけど…。
「…好きよ。満」
付き合い始めたからとはいえ、急なデレにどう反応したらいいか困ってしまう。
「…と、とりあえず座っていい?」
しがみつく彼女を抱えてカーペットの上に座る。彼女の心臓の音が伝わってくる。
「…満…」
泣いているのだろうか。耳元で鼻を啜る音が聞こえる。どういう情緒なのか分からないけど、とりあえず、頭を撫でて慰める。
「っ…今まで…ごめんなさい…わたし…貴女にたくさん酷いこと言って…」
「…別に気にしてないっすよ。全部本心じゃないって分かってたし」
「好き…好きよ…」
「知ってますよ」
肩から彼女の頭が離れる。涙でぐちゃぐちゃになった彼女の顔が視界に入ったかと思えば、近づいてきた。唇が重なる。
その一回を皮切りに、啄むようになんども繰り返し重ねる。
これはそういうことなのだと察して服に手をかけようとするが、押さえ付けられ止められてしまった。
「…わたしがする」
「…適材適所って言葉知ってる?」
「…また馬鹿にして。…分かってるわ…でも…したいの。…させて。頑張るから」
「…絶望的にタチの才能無いくせに」
「そ、そこまで言うことないじゃない」
「…はいはい。わーったよ。好きにしてくださーい」
部屋の鍵をかけてからベッドに寝転がる。
「あ、ちょっと待った。爪切った?」
「…常に切ってあるわよ」
「うわ、やる気満々じゃん。こわっ」
「ち、違うわよ!ヴァイオリン弾くのに爪伸びてると不便だから!」
「ははっ。ごめんごめん。冗談」
「もー!」
頬を膨らませながら私の上に乗り、再び唇を重ねる。
そのまま服のボタンを器用に外していく。
「…満…好きよ…」
「…はい。私も好きですよ」
「…うん。…満…」
私の名前を呼びながら、愛おしそうに口付けていく。その優しい表情を見ていても私の心は相変わらずときめいたりはしないし、正直あまり気持ちよくないのだけど、あいつに別の女の代わりにされていた頃よりは気持ち的にはマシだ。まぁ、技術的には全然、あいつの方が上なんだけど。
対して実さんは一生懸命で丁寧だ。いちいち不安そうにこっちの様子を伺ってくる。それがもどかしくて仕方ない。比べるなんて最低だと言われることくらい理解しているが、思うだけなら自由だろう。
身体を起こして彼女を押し倒す。
「…気持ちよくなかった?」
彼女の瞳から流れる涙を掬う。否定はできないけど、肯定しても面倒だからそれには答えずに囁く。
「…徹底的に叩き込むから、身体で覚えて」
「へ…あっ…待って…」
「待たない。…声は抑えて」
「っ——!」
「…そう。ちゃんとできて偉いね」
「馬鹿に…して…っ…」
「馬鹿にしてないよ。褒めてるんすよ。そのまま、静かにしててね」
「ふ…っ…んっ……ぁ…っ…」
「…エロいな」
私は別にタチしか出来ないわけじゃない。けど、彼女は絶対ネコの方が向いていると思うし、彼女に抱かれるより抱いてる時の方が断然楽しい。
「別に才能ないからって落ち込まなくていいっすよ。上手くなるまで何度でも…何年でも付き合ってあげるから。…愛してますよ。実さん」
この先、彼女と別れない限りは彼女以外とこういうことをしないと約束を交わした。同じ人を抱き続けると飽きるなんて言うけれど——
「ぁ…っ…みちる…!待って…!」
「しー…。声抑えてって言ったでしょ」
「あっ…っ…」
「…そう。ちゃんと我慢してくださいね」
「っ…!」
「…可愛いよ。実さん」
この人に飽きる日が来るとは、今のところは考えられない。
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