クリスマス

聖夜のラブホ女子会

 正式に付き合って初めてのクリスマス。

 去年のクリスマスは特別なものにしなかった。わたしがそう頼んだ。わたし達は恋人ではないからと。

 彼女はああそうですかとすんなり受け入れてくれた。彼女は別に記念日とかどうでも良いのだろう。わたしを愛してはくれているが、恋してはくれていないから。その互いに向け合う好意の微妙な差がたまに寂しくなる。

 だけど彼女は言う『恋はいつか終わって、愛が残るらしいですよ』と。この恋が終わったら、わたしの好意は彼女の好意と同じものになれるのだろうか。


「実さんって、ロマンチストっぽいよなぁ」


 イルミネーションを見ながら彼女は呟く。


「…悪い?」


「別に。可愛いと思うよ」


「…何ですかそれ」


「ところで実さんって、親から外泊の許可もらってます?」


「…今日は、もしかしたら泊まるかもって言ってきた」


 母は渋々許可をくれた。父は放任主義だから別にわたしが家にいてもいなくてもどうでも良いだろう。父は兄—柚樹ではなくもう一人の方—にしか興味ないから。

 柚樹は『クリスマスにデートすると勘違いさせちゃうから今日は大人しくしておく』と言って珍しく部屋に引きこもっている。毎年そうだ。

 出かける時に部屋の前を通るとギターの音が聞こえてきた。心なしか、寂しげな音だった。

 柚樹は寂しがり屋だ。だから常に誰かを求めている。しかし満と違って毎回同じ人では満足出来ないらしい。


「…満は、私に飽きることないの?」


「無いよ」


「…本当に?」


「無いよ。私は柚樹さんと違って依存症じゃないんで」


「…そう」


「…実さん、攻めるのは下手くそだけど、受けるのは上手いんで。別に退屈してませんよ」


「なっ…!」


「天性のネコですね?」


 揶揄うようにケラケラと笑う彼女。ムカつくが、わたしは未だに彼女を満足させられたことがない。『攻めてる方が気持ちいい』とまで言われてしまう始末だ。悔しい。わたしも彼女を鳴かせてやりたいのに。鳴されてばかりだ。


「まぁ、気にしないでよ。私、元々タチの方が得意ですし。ってだけで…」


 言ってから彼女はハッとする。わたしより前に関係があった人がいることはもう知っている。知っているが、比べられるのは不快極まりない。そんなこと、恋心が分からない彼女には理解出来ないだろうけど。しかし不快にさせたことは分かるらしく、素直に謝ってきた。


「…行くわよ。満」


「えっ、何?どこ行くの?」


「…ホテル」


「…私ら高校生だけど、入れる?」


「言わなきゃバレないわ」


「うっわ。不良だー」


「貴女に言われたくありません。行きますよ」





 彼女とホテル—いわゆるラブホテル—にチェックインする。してしまった。


「うお、すげぇ。マジで風呂がガラス張り」


「…」


「実さん、自販機で売ってますけど買います?」


「…」


「あ、コスプレ衣装借りる?」


 緊張で動けなくなるわたしとは裏腹に、彼女はきゃっきゃっとはしゃぐ。


「実さん、AVあるよ。見る?」


「み、見ません!大体私達は未成年よ!」


「…ラブホに誘ったのはそっちなのに何言ってんすか」


「う…」


「女同士のAV見つけたんで流しまーす」


「み、見るなんて言ってない!やめて!」


 テレビ下のレコーダーにDVDを入れようとする彼女を慌てて止め、DVDを取り上げる。如何わしいパッケージにギョッとして落としてしまうと、彼女はそれをキャッチして元あった場所に戻しながら「緊張しすぎだろ。初めてでもないのに」と苦笑した。


「あ、貴女が落ち着きすぎなのよ!」


「ははは。先にシャワー浴びていい?」


「か、勝手にどうぞ…」


「一緒に入る?」


「…一人で入って」


「…はーい」


 脱ぎ出そうとする彼女を止め、ガラス張りの脱衣所に押し込む。

 服を脱ぐ彼女に背を向け、ベッドの上で膝を抱え込む。

 聞こえてくるシャワーの音を掻き消そうとテレビをつけると、大音量でシャワーの音とは違う卑猥な水音と、男女の艶かしい声が、男女が唇を貪り合う映像と共に流れる。慌ててテレビを消し、膝に頭を埋める。


「結局見たいんじゃないっすか。AV」


 シャワーを浴びていた彼女がバスローブ姿でけらけらと笑いながら、私の手からテレビのリモコンを奪ってテレビをつける。先ほどの続きが流れた。リモコンを奪い返そうとすると抱きしめられてテレビの方をむかされ「前見て」と囁かれる。

 嫌だと反発して彼女の方を向くと、彼女はふっと笑って私の唇を奪い、流れるようにベッドに私を押し倒した。


「っ…みち…っ…わたし…まだシャワー浴びてな…んっ…」


 服にかけられる彼女の手を止めようとするが、抵抗も虚しくあっさり押さえつけられてしまう。


「どうせ汗だくになるんだから、後で一緒に浴びればいいよ」


 そう囁くと彼女はテレビを消して、リモコンをベッドのサイドテーブルに置き、着ていたバスローブをポイッと脱ぎ捨てて一糸纏わぬ姿で、慣れた手つきでわたしの服を脱がせながら優しく指で—唇でわたしの身体に触れる。


「っ…満…っ…」


「実さん、可愛い」


「やだ…待ってください…」


 必死に抵抗するが「好きですよ」と優しい声で囁かれるだけで、身体の力がふっと抜けてしまい、抵抗する気力が一瞬で無くなってしまう。


「ず、ずるいですよ…」


「もう好きって言って良いんでしょう?私達は恋人なんだから」


「…わたしも好きです」


「ははっ。知ってますよ。…付き合う前から、知ってましたよ」


 相手をしてくれるなら誰でも良いなんて言うくせに。彼女はきっと、わたしが彼女以外の人結ばれてもきっと『あんたが幸せなら私はそれでいい』なんて言って優しく笑うのだろう。嫉妬してくれやしない。独り占めしたいと、自分だけのものにしたいと望んでくれやしない。それがムカつく。

 だけど、同時にその見返りの必要ない深い愛が、どうしようもなく嬉しい。その愛はわたしだけに向けられるものではないし、そのことにムカついてしまうこともある。だけど彼女がこうやって優しく触れるのはわたしだけだ。そういう契約をした。そして彼女はその契約を律儀に守ってくれているらしい。隠れて契約を破っている可能性はなくはない。なくはないが、無いと信じている。彼女は、わたし一人いれば充分満たされるらしいから。


「ねぇ、せっかくだし買ってみる?」


「い、要りません…」


「えー?せっかくラブホに来たのに」


「だって…」


 そんな無機質なものに犯されるより、貴女に触れられる方が良い。貴女の指で、唇で愛してほしい。

 そう口には出さずに心の中で呟いたはずが、口に出てしまっていたらしく、彼女は「私の指がそんなに良い?」と苦笑した。違うと否定する前に口に指を突っ込まれ、口内を犯される。苦しむわたしを見下ろして、彼女は悪魔のように、妖艶に笑う。


「実さん、やっぱり私、あんたに飽きること無いと思うよ。こうやってあんたが私の手で善がる姿見てるとすっげぇ興奮するもん」


 恍惚とした表情で彼女は言う。変態めと睨んでしまうが、そんな表情にゾクゾクしてしまうわたしも大概だ。


「っ…んっ…」


「…よっぽど私の指が好きなんですね。可愛いですよ」


 囁かれ、先ほどまで口に入っていた指がわたしが一番快感を感じるポイントを的確に刺激する。刺激される度、頭の中が、彼女に対する愛で満たされていく。


「っ…満…好きです…満…みちる…っ…」


 今日こそはわたしがする。彼女を満足させてみせる。そう意気込んでいたのに、結局その日もわたしばかりがにゃんにゃんと鳴かされてしまった。

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