最終話 作戦開始。そして俺は
ついにパーティーが始まった。
城内にある大広間には国内のあちこちから貴族が集まっている。
音楽家達が演奏をし、テーブルには豪華な料理や高い酒が並べられてワイワイと賑わっている。
その会場に俺が立ち入ると、続々と貴族達が周りに集まってくるので他愛もない話をして彼女が来るのを待つ。
「ごきげんようグズカス王子」
するりと俺の腕に抱きつき、人目も気にせずに体を押し付けてくる女が現れた。
盛りに盛った髪と化粧。抜群のプロポーションで男共の視線を釘付けにする彼女は俺の未来の妻だったヴィッチ・キャバック男爵令嬢だ。
「よう。ヴィッチ」
「わたくし、今日を楽しみにしていたわ」
うふふ、と妖艶に笑う彼女からは色気がムンムンと出ている。
何もかも男ウケするような計算尽くめのヴィッチに惚れてしまったのも婚約破棄を企んだ原因だ。
「パーティーが終わったらわたくしの部屋に来てちょうだいね」
「ソウデスネ〜」
未来で俺はこの女の掌で転がされて利用された。
婚約破棄をした後、俺はヴィッチと結婚して王妃に迎え入れるのだが、このアバズレはとんでもない事をしでかしてくれる。
そもそもコイツは俺以外に複数の男と同時に付き合って肉体関係を持っている。
上は父上くらいから下は十歳くらいまで。年齢関係無しにイケメンや美少年を喰っている。不倫なんてお手の物だ。
王妃になってからは付き合っている連中を国の重役にするよう俺に指示をして自分だけのハーレムを作り出した。
金遣いも荒く、城の金庫を空っぽにしやがった。
そして一番に許せなかったのは、革命が起きて自分の身が危なくなった瞬間に逃げた。
ついでとばかりに俺に全てをなすりつけて国外に高飛びしようとした。まぁ、妹に見つかって俺の横で処刑されたけど。
『アンタのせいよ!アンタみたいな人間のクズと結婚なんかしたからアタシの人生が狂ったのよ!!』
死ぬ直前まで俺を罵倒していたヴィッチ。
そこで俺は自分の愚かさに気づいたのだ。
「どうしたのグズカス?」
俺を心配するフリをして胸元を見せつけるヴィッチ。
残念ながらコイツの本性を全て知っている俺にはもう通用しない。
こんなのにコロッと騙される俺は本当にバカだったんだと再確認出来た。
「あら、ターゲットがやって来たみたいよ」
ヴィッチの言葉を聞いて会場の入り口を見ると、誰からのエスコートも無しに一人寂しく入場する女がいた。
大人しめな服装に化粧も薄め。ヴィッチと真逆の雰囲気を出している彼女が俺の婚約者であるエリシア・フローラだ。
「ねぇ、そこにいるのはエリシア公爵令嬢様ですわよね。どうしてお一人なのかしら?」
会場で気まずそうにしているエリシアにヴィッチが声をかけに行く。
腕を掴まれている俺は引っ張られる形でエリシアの前に立った。
この女、俺が窮地を抜け出す案を必死に考えていたのに!
「グズカス様……そちらは」
「初めまして。わたくしはヴィッチ・キャバックよ。王子とはこういう関係なの」
俺の隣に知らない女がいてショックを受けるエリシア。
それをいいことに笑みを浮かべながら自慢するように掴んだ腕を見せつけるヴィッチ。
離れろっての!お前がヤバい奴だって知っている俺は鳥肌立ってんだよ!
王子の俺が婚約者じゃない別の女を隣に立たせている事に会場内がざわつく。
父上やマブシイーネ、ロッキはこちらを心配そうに見ているが、事前に騒ぎになるとは伝えてあるので近づくつもりは無いようだ。
「今日は王子から大事な大事な話があるそうだわ」
ざまぁ見ろとヴィッチがエリシア相手にニヤニヤしているが、地獄を見るのは彼女じゃない。
「グズカス様……大事な話ってまさか……」
普段の俺の態度、そして隣に立つヴィッチから何か嫌な事が起きると感じたエリシアは顔を青くする。
あの時、時間を遡る前に婚約破棄を突き付けた時もエリシアは似た顔をしていた。
この世の終わりを知らされたような表情で泣き崩れてしまった彼女を俺は笑っていたのだ。
煩わしい邪魔者が消えて俺の輝かしい未来が訪れたと信じて。
だが、現実は真逆で俺は死んだ。俺が導くはずの民衆に囲まれて処刑された。
ーーーそうだ。あの民衆の中に一人だけ祈るように手を合わせていた女がいた。俺とそう変わらないような年のやつれた女。
あの癖は誰がよくしていたっけ?
「わたくしから言ってあげるわ。彼はアンタと
エリシアの顔が絶望に染まり、信じられないといった様子で縋り付くように、祈るように手を合わせた。
ーーーもしや、俺にやり直す機会を与えたきっかけは彼女かもしれんな。
「ねぇ、今どんな気分よ?」
「清々しいくらいに胸くそ悪いな」
「え?何を言ってるのグズカス」
俺の言葉に戸惑うヴィッチ。
いい加減に気持ち悪いので無理矢理突き飛ばして腕を解放させる。
「な、何するのよ!」
「お前の方こそ何をしている。男爵令嬢如きが俺の婚約者を泣かせるな」
するりと肩に手を回して俺はエリシアを宥める。
涙を流している彼女にハンカチを取り出して渡す。
「すまんなエリシア。お前を傷つけてしまった」
「……グズカス様?」
「やっと決心がついた」
俺の身分と顔だけに近寄って来たヴィッチ。
俺がバカだと知っていながら十数年も側にいてくれたエリシア。
こんなもの、選択肢を間違えるのはよっぽどのマヌケで愚かで大バカ者だ。
「グズカス!さっさとそいつを追放しなさいよ!」
「黙れ!」
ヒステリックになってエリシアを指さすヴィッチを黙らせる。
さっきまで隣にいた女を急に罵倒したものだから会場がシンと静まり返った。
「ヴィッチ・キャバック。お前の企みはここまでだ!」
「な、何を言ってるのグズカス?そこの女に婚約破棄を突きつけるんじゃ……」
「あぁ、それは嘘だ」
本当に婚約破棄をしようとしていた事を逆手に取らせてもらうぞ。
「俺はお前の悪事を探るために近づいていたのさ」
「あ、悪事ですって!?」
「そうだ。クリプトン侯爵、ラルド伯爵、バーミリオン辺境伯、このヴィッチと結託して税を誤魔化していたのを俺は知っているぞ」
「「「なっ!?」」」
会場内にいた複数の貴族の名前を出す。
今呼んだ連中は未来でヴィッチのハーレムに入り、甘い汁を啜っていた連中だ。
今の段階ではヴィッチを支援して俺を籠絡しようと企んでいる。あと全員ヴィッチと肉体関係な。
「あとはエリシアを含めた他の令嬢達への虐めについてだ」
「虐め?何のことかしら?」
「しらを切るつもりか?俺は全て知っているぞ」
名前を出していくとヴィッチの顔色がどんどん青くなっていく。
直接ヴィッチから聞いてはいないが、未来でネタは上がっていた。
他にも後からでも叩けば叩くだけボロが出るのは分かっている。
「う、嘘よ……なんでアンタが……」
無能のくせに……という呟きも聞こえた。
「この国を守るのが俺の使命だ」
もう革命による内乱なんてゴメンだ。
「おい。誰かこの女をつまみ出せ」
「許さない!覚えておきなさいよグズカス!顔だけのお飾り王子のくせにぃいいいいいいいい!!」
騎士達に連行されて会場から退場するヴィッチ。
あとできっちり取り調べして悪事の数々を明らかにしてやる。
大体の悪事がお前に関係あるって身をもって体験したからな!
パチパチパチパチパチパチ。
騒ぎが終わると会場中に拍手が鳴り響く。
何の拍手なのか分からない俺にエリシアがこっそり耳打ちをしてくれた。
「皆さまはグズカス様の活躍に感動していらっしゃるのですよ」
「俺はただ自分のために必死になっただけだぞ」
「そのお姿がカッコよかったんですわ」
顔を赤くしながら笑いかけてくれるエリシア。
成長してから初めて見る彼女の笑顔に俺は見惚れてしまった。
「エリシア。いままで冷たい態度を取っていて虫のいい話なんだが、改めて俺の婚約者として支えてくれないか?」
「はい。喜んでグズカス様!」
こうして俺は未来が大きく変わる選択をした。
婚約破棄さえしなければ俺の素晴らしく明るい未来が待っているんだ!
うへへへ……俺の未来は自由さ……。
その日の夜中。
24時間を無事に乗り切った俺の部屋にエリシアが訪ねて来た。
「こんな夜中にどうしたエリシア?」
「私、嬉しくて……グズカス様がやっと私に振り向いてくれたから…」
蕩けるような声で俺に甘えてくるエリシア。
いつも俺に王子らしく振る舞うように小言を言っていた彼女とは思えないな。
「長い間待たせてすまなかった」
「本当ですよ……ずっと……何十年も……」
ん?今なんて?
「私はグズカス様だけをずっと愛しています。いつまでもいつまでも貴方だけを思って貴方のために尽くします」
「おいエリシア。ちょっと力が強くないか!?」
息の荒い彼女にベッドに押し倒される。
俺を見つめるエリシアの瞳にドロドロとした……。
「もう私以外の誰も愛せなくさせてあげますわ。うふふふふ。朝まで寝かせませんよ?」
ヴィッチなんか比にならない妖しく艶のある雰囲気のエリシアが覆い被さり、俺はーーーーー。
ユグドラシル王国。
国民に活気があって豊かなこの国には肌がつやつやした王妃とげっそりしながらも幸せそうな王が子供達に囲まれて幸せに暮らしましたとさ。
タイムループした俺が思い出したのは婚約破棄前夜だった。 天笠すいとん @re_kapi-bara
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