第10話

 翌日、朝六時。

 ジャンがタフ・モバイルを眺め、やけに電子メールが来ているな、と思ったら市役所からだった。

 例のガラの悪い連中・チームが緊急連絡をして以来、消息不明らしい。

 緊迫した様子の、直前の動画も入っていた。

 タフ・モバイルの動画を観ているカルーノが騒ぐ。

「空爆のニュースだ

 あの連中、とうとう一線を超えたな!」

 隣国、例の独裁国家が国境を軽々と侵犯して、戦争に取りかかっているらしい。

「ナークを起こしてやってくれ、反応を知りたい」

 ナークはカルーノに起こされようとしても、もぞもぞと芋虫みたいに動いたが、『敵国の名前』、『国境侵犯』、『空爆』などとささやかれると、即座に飛び起き、カルーノの頭にぶつかる。

 痛みを無視して、ナークが応じる。

「迎撃は?

 まさかステルス機?」

「さすがは事情通。

 そのまさかみたいだな。レーダーに映ってもいないのに通常兵器の爆弾を落とされたらしい」

 カルーノも苦々しげに応じた。

 ジャンが引き継ぐ。

「この街は幸い、損害は出ていないがナーク。君が前居た陣地が狙い撃ちにされた」

「本当?」

 心底心配しているように、ナークが不安な猫のような表情で尋ねる。

「観測衛星を使った、精密誘導爆弾が使われた。

 どこからか供与された兵器だと思うな。

 それで、砲兵陣地に、街内部の航空機の格納庫とかが狙われたらしい」

「そんな……悪夢?

 いや、痛いし」

 カルーノとぶつかった頭をさするナーク。

「おまけに、昨日の市役所の仕事を受けていた奴らも多分、空爆で死んだ。

 余った弾薬でもぶつけられたのか、あと、武装強盗団もきれいに吹き飛んだみたいだ」

「そこまでわかるのか?」

「あちらの国が、『我が国の兵器を不法に持ち出そうとした』ってご丁寧に声明を出して死体とかの画像を公開している。

 役所がAIで選別して、大体が割れた」

「ステルス機は、あの独裁国家のバックの大国が供与しているとは噂で聞いていたわ」

「代理戦争ってやつか。また、はた迷惑な話だな」

 ジャンが焦ってはいたが、苦々しげに言葉をつむぐ。

「光学迷彩ではないけどレーダー反射断面積RCSが極めて小さいシルバーグレイの機体。

 こんなものを敵に回したら、どこでも一方的に攻撃対象になるわ!」

 ナークの、悲鳴のような声。

「一応、俺たちのバックの国も応援に駆けつけるようだ。

 空中要塞が、三機」

 カルーノの声に、ナークがさらに反応する。

「型番は?」

「公開されている中での最新型で、全てAA(ダブルエー)だ」

 ダブルエー、アンチ・エアークラフトの略を意味する型番で、対空兵装に特化した機体だ。

 五〇〇メートルほどの巨大な戦艦をジェットエンジンで飛ばすもので、ある程度までなら陸上を移動する事もできる。

 燃料の消費量を考えれば陸上移動のほうがコストは安く済む。

 カルーノが続ける。

「今は音速の半分ほどでこの国に進んでいる。

 場合によってはステルス機との戦闘や、侵攻中の敵地上部隊を蹴散らしてくれるかもな。

 レーザーの出力はその原子炉から相当なものが出るらしいし、ミサイルも多用途マルチプルだ」

「それまでは地上を殴られ放題ってことね」

「敵は国境侵犯をしまくっているわけだし、ステルス機を片付けられたら、いよいよ戦争だな」

 カルーノが気軽に言ってくれる。

 ジャンはわざとらしくため息を吐いて、情報を見せる。

 残り二人はジャンが切り替える、タフ・モバイルの画面を見てうなった。

「この地域でも義勇軍ぎゆうぐんが出てきている。

 大した装備でもないのに、敵地上部隊に殴り込みをかけたいらしい。

 電子網の掲示板も多数立っているよ。

 そろそろ、引き際かもな」

「ああ、まずは首都方面に向けて移動しよう」

 ナークはなにか言いかけたが、大人しくしていた。


 いつもの四輪駆動車で出発してほどなく、車内でナークが口を開く

「義勇軍のところまで、行ってもらっていい?」

「止めるのか、応援するのか、冷やかしか?」

 カルーノが遠回しに発言を抑制しようとするが、芯の強いナークは動じない。

「そうね、全部で」

 売り言葉に買い言葉のようになったがカルーノは「場所はどこだ?」とジャンに聞いた。

 笑顔のナークがこちらを見てきたので、多数決的にジャンは応じるしかない。

 口頭で慣れた場所の大型公園を示すと、すぐに四輪駆動車はその場所へと向かった。

 武装した連中が集落のようなものを形作っていた。さすがにテントはないが、大型のトラックに機関銃などで武装した普通車両。果てはややくたびれてはいるが、装甲車まで数台あった。

 玩具おもちゃのようにRPG――個人携行式のロケット発射機の一本を振り回している若者も居た。

 徐行して公園に近づくと、何人かが警戒もせずに近づいてきた。

 車の頑丈な防弾窓ガラスを叩かれ、ジャンたちは窓を全て開放する。

「君たちもお仲間かい?」

 若い男が多い。血気盛んな義勇兵だろう。弾帯を巻いて軽機関銃を持っているくらいだ。

「いや、どうしても首都方面に戻らなくてはいけなくてね、心配して様子だけを見に来たんだ。

 応援さ」

 ジャンがカルーノならこう答えるか、などと思いながら作り話を展開する。

「あなた達、これからどういう戦いをするの?」

 後部座席の窓から身を乗り出したナークがそう質問する。

 若い男は少し考えて、

「敵は砲兵部隊を持っている。下手に進軍してもただ的になるだけだろう。

 さすがにそれは無駄死にだ。俺たちは籠城ろうじょう作戦をする。

 街の国境側に義勇軍を配置して、正規軍の到着まで粘る。

 来るなら、戦うさ」

「応援しているわ、口だけだけど」


 ナークは「思っているほど無策ではなくて、安心したわ」と進む車内で言った。

 最短距離で街を出てすぐに、ナークのタフ・モバイルが受信。電話だ。

「元・中隊長のナークです」

 口ぶりからすると、正規軍からだろうか?

 ジャンとカルーノが若干緊張して、耳を傾ける。

「ええ、今街を出たところです。

 はい、はい。わかりました……」

「何の話だ?」

 電話を切ってすぐに、運転中のカルーノに代わってジャンが聞く。

「やはり、敵の陸軍がちょうど今出た街に進軍しているらしいわ。

 他の街にも進軍中」

「ルーカスの親父にも電話したが、義勇軍に武器を供与しているらしい。

 正確には、軍が購入を肩代わりして民兵を組織したってところだな。捨てごまもいいところだ」

 カルーノが淡々と言った。

「救援部隊が来るまで、命をかけて時間を稼ぐ。

 義勇軍とはいえ軍。当然の役目ね。私はもう軍人じゃないからいいけど」

「随分割り切るのが早いな」

 ジャンが訊ねると、「まあ、死にたくはないし」と小声のナーク。本音だろう。

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