第8話

 ダルリ氏は元の街から、国営の安全なルートで首都の方へ戻っていった。

 武器屋兼ジャンク品の買取りで贔屓ひいきにしてもらっている『ルーカスのオヤジ』の店で、残る三人は買い物、ナークの装備の売買などをすることにした。

「軍用の正規品。

 種類は見ての通り二十二口径。

 弾は全部抜いてある」

 コトン、と小さな拳銃をルーカスのカウンターに置く。

 ルーカスが国軍のシンボルの刻印を見て、驚きの声を上げる。

「こいつは驚きだ。

 士官様だったのか?」

「御名答です」

 ジャンが応じる。

「けっこう分かるもんなのね。

 あなどれないわ」

 ナークが気軽に行った。

 ルーカスは腕を組んで思案するような仕草をする、演技風味だ。

「横流しを警戒して、軍の刻印のある銃器類はあまり買い手がつかない。

 かなり安くなるがそれでも良いか?」

 ナークが何かを言う前にカルーノが口を開く。

「問題ない。

 実際二十二口径では戦場でほとんど無意味だ。

 せいぜい重大な軍規違反を犯した部下の処刑に使うかどうかだろう」

「だろうな」

 ルーカスもうなずく。

「私の銃って、そんなに安いんだ。

 まあ、おもちゃみたいな銃だしね」

 納得したような、そうでもないようなナークの言葉だった。

「まあ、査定は後で良い。

 次は武器の購入だ」

 カルーノの淡々とした声。ルーカスは揉み手をする勢いで表情が商売人に変わる。

「良いねえ。

 女性向けの銃をいくつかチョイスしよう」

「だいたい決めていますけどね。

 うちらは、拳銃がファイブセブン(五、七ミリ)口径なので彼女、ナークの武器はその口径の拳銃と個人用防衛火器PDWにしようと思っています」

 ジャンがナークを手で指し示してそう言う。

 PDWは一般的な九ミリ口径などの拳銃弾を連射できるサブマシンガン、そして小口径のライフル弾を連射できるアサルトライフルの中間のような、発売当時は次世代型とされた連発式の機関銃だ。

 基本的にアサルトライフルよりは大分小型で、取り回しが良い。女性にはうってつけだろう。

「ファイブセブンは最近流行だからねえ。

 貫通力の高い弾薬の民間流通を政府が解禁して以来、いろいろな銃が出てきた」

 ルーカスは店内を巡って、小さめの拳銃を手に取った。

「お前らのよりは装弾数は少なくなるが、女性にも扱いやすい小型モデルの拳銃がある。

 主武装メインアームの方は、国軍採用か外国の信頼性のあるPDWの二択で決まりだろう。

 オプションパーツも豊富だ」

「それはもう、国軍仕様で!」

「さすがは元軍人さんだ」

 ルーカスがわかっていたように言う。そして、疑問の目でナークを見る。

「なんで軍を辞めたんだ。

 士官様だったんだろう?」

「私は前線の砲兵部隊の配属でした。

 父に全力で止められて、連れ戻される代わりにこの人たちに付くことになったわけです」

「へえ、未練はないのかい」

「敵の独裁国家に核をぶち込めなかったことですかね」

「……まあ、あれはひどい国だ。

 私はその国の出身でね。元は不法移民だ」

「そう、なんですか」

 ナークが残る二人を見るが、ジャンはとりあえず「いや、初耳だ」と応じる。

 カルーノも同じだろう。

「幸いにも国籍の取得許可が下りて、今はこうして商売ができている。

 B級国民を維持できるようになって、一〇年以上経つよ」

 どんな苦労があったのかは想像するしかないが、そう簡単な話ではないだろう。

 人に歴史あり、だ。

「ファイブセブン拳銃ピストルとPDWを一丁ずつ。

 五、七ミリ弾を一〇〇〇発くれ。

 ナークに射撃場で試射をさせたい」

 カルーノが気軽に言い、会計係のジャンが苦い顔をする。

「毎度どうも!

 装薬量を減らしたスポーツ用の安い弾もあるが、買っていくかい?」

 ルーカスが快活にお手頃価格仕様のファイブセブン弾を示してくる。

 カルーノがジャンの方を見るが、ジャンは首を横に振った。

「いや、どこまでも実戦で使えるのが良い。

 軍用のライフル仕様で頼みます」



「あなた達、全然ケチ臭くないのね」

 ナークが移動中の車内で不思議そうにそう言った。

「いずれは『事業』を大きくしたいと思っているしな。

 先行投資には手抜きなしだ」

 ジャンはそう答えた。

「お前がどれだけ役に立つかは知らないが、とりあえずすぐに死なない程度には動けるようにしておく」

 カルーノも続く。

「そんな頻繁ひんぱんに銃撃戦なんてしているの?」

「街中では流石にないが、何らかの警護依頼のときは重武装で行くし、ジャンク品の回収では帰り道に強盗に出くわしたこともある。

 つい先日もあった話だ」

 そう言ったカルーノ。

「若造に来る仕事なんて大したものじゃないけどな」と、ジャンは付け足しておく。

「ジャンク屋の他には傭兵? 民間軍事会社PMCってやつ?」

「そうだな」

「そんなところだ」

 ジャンとカルーノが応じた。

 外観はレジャー施設のような、近場にある大型の屋内射撃場。

 その駐車場に四輪駆動車を止め、三人は射撃場の内部に入っていく。

 いくつかの手続きを終え、ナークはいよいよ射撃の準備へと取り掛かる。

「そういえば、一〇〇〇発は多いわ」

「誰が全弾撃たせると言った。

 今回はせいぜい一五〇発、いや、一〇〇がせいぜいだ」

 カルーノが直ぐに反応する。

 ジャンが続く、いつもの流れ。

「拳銃を二弾倉分撃ったら、PDWを二か三弾倉。それで一応は慣れろ。

 最低限の使い方が守れればそれで良い」

「ふーん。

 まあ、経費とはいえ、あなた達のお金だものね。

 それじゃあ、撃っていく」

 耳当てを付けたナークが拳銃を構え、景気よく撃っていく。

「撃ち方は派手だが、筋は良いな」

「まあまあ、当たっているしな」

 ターゲット紙との距離は、三〇メートルに設定してある。

 一般的な拳銃の有効射程は五〇メートルほど(ただしファイブセブン弾薬は当てずっぽうだったとしても、数百メートル先の標的を殺傷しうる)で、何発も当てているナークはまあ優秀な部類に入る。

 早々に弾薬を撃ち終え、カルーノが全弾空になっていることを丁寧にエスコートして教え、次はPDWの練習射撃になる。

 装填方法に、射撃セレクター・スイッチの位置、照準の細かいつけ方などをカルーノが教え、それをジャンはただ眺めていた。

「一度に全部撃つなよ?」

 ナークが耳当てを被り直す前に、腕組したジャンは軽口のように言う。

 その気だったらしいナークが、「わ、わかったわよ」と言って耳を塞いだ。

「ま、ご本人と俺たちを撃たずに、必要なときにぶち込めればそれでいい。

 あくまでPDW。護身用火器だ」

 二人の意見は一致していた。

 数発おきの感覚で連射が続き、リロード。

 PDWの弾薬が詰まった弾倉は、強力な永久磁石のクリップでその三本が連結されていた。

 いわゆる『ジャングルスタイル』というやつで、真ん中や端の弾倉を撃ち切った後もすぐに隣の弾倉に交換して発砲できる。

 発射音が続き、やがて止み、ガチャガチャと弾倉交換の音が鳴る。

 再装填を忘れずに。


 ジャン、カルーノ、ナークは、モーテルの広めの部屋に泊まった。

 四人部屋だが、小さい部屋を二、三部屋分借りるよりは安いということでそうなった。

 部屋数もあるし、ナークに着替えその他で文句を言われることもないだろう。

 しばらくはここに滞在することになるかもしれない。

 仕事がなくなったら、別の場所や街に行く。治安の悪さや未整備なところが金になる。

「次の仕事で、良いのがある」

 良い案件を見つけたらしいジャンが、カタカタと『屈強な戦争屋のPC』の操作を止めた。

 後ろの椅子に逆向きに座ったナークが遠巻きに画面を見つめ、カルーノが寄って覗き込む。

「明日か」

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