第6話

 その街は、たしかに例の独裁国家に近い国境付近の街で、自動運転バスなども需要がなくて移動経路に走っていない場所だった。

 ダルリ氏の目的地は、この軍事要塞と化した街だ。

 街の周辺は、敵国方面に向けて塹壕ざんごうの陣地を組んでいた。

 大人がすっぽり埋まるほどの穴が横にずらりと並べて掘削されており、ちらほらと五〇口径重機関銃や迫撃砲など、対人用の火器が配備されている。

 この陣地のメイン兵器は、やはり砲兵部隊の榴弾砲りゅうだんほうに多連装のロケット発射機。

 天に向けて長い砲身が斜め前のめりに向けられており、曲射弾道で数十キロ以上先の敵国陸軍を殲滅できる。

 遠巻きには地対空ミサイル車両や戦闘ヘリが、むき出しの荒い平野に並んで配置されている。

 情報によれば街は、軍用空港としての機能もあるらしい。

 銃座を後ろに向けて、手を降って合図を送り、無線通信も併用する。

 途中で止まるように指示が出た。

「A級国民をお連れした。

 通してくれ」

「国民証を見せろ」

 屈強な兵士たちに取り囲まれた状態になる。

 いつでも処刑場に早変わりだが、こういう経験はジャンのカルーノにも何度かあった。

 気分の良いものではないが、普通に大人しくしていれば問題はない。

「後部座席の右だ」

 ふむ、と兵士の一人が警戒しつつ移動する。後部座席の前へ。

 車体の窓を開放して、中身が良く見えるようにする。

「ダルリさん、わかっていますね?」

 ジャンが念押しする。

「ああ、すぐに出す」

 ダルリ氏が財布から国民証を取り出し、兵士にその表面をかざす。

 陣地の兵士が読み取り用アプリケーションを入れた軍用端末――タフ・モバイルの最新型――のカメラ機能で国民証であるカードを撮影、読み取る。

 やや緊張が解けた顔をした兵士が言う。

「内務省の方ですね。

 こんなところに来るとは意外です。ご用件は?」

「娘が配属されていて、連れ戻しに来た。

 まだ一七歳なんだぞ」

「まさか、

 ナーク、中隊長どのの父親ですか?」

 名字から推測したのかもしれない。中隊長どのと来たものだ。

 ナーク。今回の仕事の鍵となる娘らしい。

 なにせ、契約上では彼女を連れ戻さなかった場合報酬が半減する。

 車を走らせて一時間半。十分旨味のある仕事だったが、最後まで遂行して報酬を満額得たい。

「そうだナークだ。

 金ならいくら払っても惜しくはない。

 軍規を捻じ曲げてでも、配属から除名してもらいたい」

 兵士が重い口を開く。

「……残念ですが、それには応じかねます。

 この国は、国民の自由意志を最大まで尊重するのです。

 ナーク中隊長どのは、ご自分の意思で我が国の軍隊に入隊され、士官学校を飛び級で卒業してこの地に配属されたのです」

「なら、娘を説得する!

 会わせてくれ!」

「それについては問題ありません。

 ですが、手短にお願いします」

 兵士は下がり、前の車両に「ナーク中隊長のところまで案内してやってくれ」と、告げた。

 徐行運転で、それぞれ軍用車両が移動する。


 ジャンたちの車両が、榴弾砲部隊に近づいていく。

 周辺の野営施設のテント前で、男たちに混じって短い金髪の少女が居た。

 胸には中尉の階級章に勲章が二つ。

 見た目はかわいい盛りだが、実際はどうだろうか。

 簡素だが頑丈そうな金属製の机と椅子に腰掛け、机の上には軍用のデジタルボードに地図が投影されている。戦況もだ。

「娘だ!」

 車窓から首を出したダルリ氏が叫んだ。

 彼女が、ナークらしい。

 階級は先ほどから言うように中隊長。

『到着です』

 言うが早いか、ダルリ氏はジャンたちの四輪駆動車を開けてナークの元へと走った。

「ナーク!

 連れ戻しに来たぞ!!」

 その動きに若干、周囲の兵士が警戒するが、非武装の民間人であることを悟って警戒を解く。

「……パパ?」

 ナークが疑念の声を上げた。

「父親さん?」

 周囲を囲んで座ったり立ったりしている屈強そうな兵士の一人がナークに問いかける。

「なんで、こんなところに?

 いや、絶対良くない……」

 既に事情はある程度理解しているようだった。なるほど、話が早くて助かる。

 遅れて、ジャンとカルーノもダルリ氏の後を追う。

「私は、絶対に戻らないわ」

 既に口論の様相となっていた。

「戦場は危険だ。

 本当に戻らないというのなら、こちらにも考えがあるぞ!」

 言うが早いか、ダルリは空いていた小さなポーチに手を突っ込み、小型の拳銃を取り出した。

 最小クラスの二二口径の弾薬を発射する非常に小型の護身用拳銃で、目視でのボディチェックをくぐり抜けていたのだ。

 即座に静止にかかるジャンとカルーノ、他の兵士たち。

 しかし、起こったのは意外な行動だった。

 一番近かったジャンが拳銃をどうにかする直前、ダルリ氏が自分の左手に右手の拳銃を押し付けて発砲したのだ。

 乾いた発砲音。

 くぐもった、苦鳴。

 ダルリ氏のものだった。

「私は本気だ。

 言うことを聞かないのなら、このまま心臓を撃ち抜くぞ」

 すぐにジャンが、今しがた発砲したダルリ氏の右手にアサルトライフルの銃床を押し付けてから叩き付け、その拳銃を弾き飛ばした。

「やめてください。

 それに、二二口径で自殺は難しい」

 ジャンの言葉。

 その場のカルーノが、足元に転がったダルリ氏の拳銃をさらに足で、遠巻きの兵士に蹴飛ばして回収させる。

 ダルリ氏は涙を流してひざまずく。

 悲しみか痛みによるものか、血にまみれてきた左手を抱えて泣き崩れる。

「ああ、もう!

 わかったわ。少し考えさせて!!」

 ナークはそう吐き捨てるように言った。

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