第5話

 一瞬、部屋を間違えたのかと思ったが、確かに依頼主本人のようだった。

 国民ランクの偽証は軽くても禁錮一〇年、目的が悪質なら死刑も有り得る。素直に信じて良いのだろう。

 なにせ、ずいぶんな痩せ型体型でげっそり、無精髭、髪は中途半端に薄く禿げ上がっており、なんというかかなり貧乏臭い。

 服装は流石にスーツではないが、長袖のシャツなどの軽装、黒の革靴。

 どこかの空調の効いたオフィスなどからそのまま抜け出てきたような印象で、半袖に防弾ベストや動きやすいショートパンツのジャンク屋兼、民間軍事要員オペレーターとは大違いだ。

 依頼主――ダルリという中年男性は自己紹介も程々に、まだ五時半過ぎなのに出ていこうと必死になった。

「お食事は摂られていますか?」カルーノがなだめようとするが「摂食障害です」とふたもない言い草だった。

 ジャンが気を利かせて、栄養補給ゼリーを「移動中に倒れられても困ります、と」手渡す。

「わかった、後で飲むよ」

 指でつまんで、ダルリ氏はモーテルを出ていく。

「このまま護送する、しかないな」カルーノが小声で言い、

「何かは起きるだろうが、程度が重要だな」

 ジャンが達観したように応じた。

 

 カルーノの右腕の入れ墨が揺れ動く。右の運転席で仕事をまっとう中だ。

 ジャンは左、ダルリ氏は後部座席に乗ってもらった。カルーノの後ろだ。

「娘が本当に軍属になるとは、思っても見なかったんだ」

 ダルリ氏はどうやら、娘などを含めた身の上話をしたいようだった。

「国境深くの砲兵部隊ですよ」

 ジャンが答え、続ける。

「まあ、敵国の陸・空軍部隊の国境侵犯は日常ですが」要らんことを付け足すな、とカルーノがジャンにアイコンタクトを送る。

 ダルリ氏はさらに続ける。

 ジャンの言葉に、何を思ったかはわからないが身の上話を続けた。

「娘は優秀でね。

 軍属になったのは、愛国心からだった。

 福祉制度の整ったこの国を、敵国の独裁国家が侵略していると。

 本気で核弾頭の弾道ミサイルによる攻撃を考えているくらいだった」

「物騒ですね」

「はっきり物を言う、私と違って竹を割ったような性格だよ」

 あまりこちらの意見は聞いておらず、話したいことを話す依頼主のようだった。

「街を抜けます」

 カルーノが珍しく敬語で言った。とりあえず、相手を不安にさせないようにという心遣いくらいはできるらしい。

 町の外は砂漠のような荒野だ。ただし夜に冷える砂漠と違って、昼も夜も暑い。

 年がら年中暑いのがこの地域周辺の特徴の一つだろう。

 車内を密閉させ、エアコンをガンガンに効かせ、水分補給は頻繁に行えるようにしている。

「あ、安全なのか?」

 ダルリ氏の不安そうな声がするが、「もう遅せーよ」というのが二人の意見の一致だった。

 カルーノが適当な言葉をつむぐ。

「我が社の装備は見ての通り、軍用四輪駆動車一両。武装は五〇口径機関銃がー、一門。

 車内から光学カメラおよび第三世代型暗視カメラで照準と発射ができます。全て遠隔です」

 軍から流れ出た旧式の装備を、無理やりつぎはぎして繋ぎ合わせた配線の装備で、照準にもかなり癖というかずれがあるのだが、そこにはあえて触れない。ジャンも右倣ならえだった。

「さらに民間警備要員オペレーターが二人。

 ワタクシ、カルーノと左がジャン」

 ジャンが右後方のダルリ氏を横目で見る。カルーノの話にいちいちうなずいている。

 もっと安心してもらった方が良いだろう。

 ジャンも言葉を紡ぎだす。


「十七歳男性、二人。

 無改造。

 個人用の主武装は五、五六ミリアサルトライフルに、副武装が五、七ミリ拳銃、通称『ファイブセブン』。どちらも防弾チョッキを軽々しく貫きます。

 爆発物は法律の関係上、こっそりと」

「法律違反、爆発物だって!?」

 そこに、ダルリ氏が反応した。

「私は名誉あるA級国民だ!

 法に触れてランクが一時的にでも落ちるのはいかん!

 そんな物は捨ててくれ!」

 なんなんだ、このおっさん。

 そう二人が思った。

 カルーノの見咎みとがめる眼差まなざしに嫌気が差したジャンは、冷静に言い訳を開始する。

「ダルリさん。

 落ち着いてください。

 『街の外』である辺境は無法地帯です。

 身を守るべきは我々自身しかないのです。

 こんな場所に法律なんてありません。軍部も暗黙の了解の上で成り立っています」

「そんな危険地帯なのか!?」

 さすがにイラッときた。

 街中で同じ道を決まった時間に通る、ある種の公共交通機関などと一緒にされているかのような不愉快さ。

 自由のために税金を納めている彼らB級国民二名は、見通しの甘いA級国民に腹立たしさを覚えたのだった。

「まあ、陣地の近くですから、軽々しい強盗などの重犯罪行為はまず起きないでしょう。

 つまり、『非常に』安全かつ、『非常に』合法です」

 言葉が若干おかしい気がしたが、修正せずに場の勢いで押し切るジャンだった。

「そうか……」

 心が静まったのか、背中をシートに沈めるダルリ氏だった。

 この中年は少し危険かもなとカルーノは思った。

 ジャンは押し切れて良かったと安心していたが、これは不合理な選択をする人間のタイプだ。 

 というか戦場でのとっさの判断に優れるからこそわかるカルーノが、自分とダルリ氏との違和感に強く気づいていた。

 自分とは『真逆』の人間。

 保守的で、ある程度計算高く、臆病。冒険心が〇で、右倣えで実際は上に仕える。

 そんなところ。

 要するに興味がないか、大嫌いになれるかといった感じの人種なのだが。

 カルーノは運転中で、上手く動けないのも確かだった。

「変な動きがないか見張っておいてくれ」

 そう、ジャンに言った。

「そうだ、見張っておいてくれ」とダルリ氏。

 ジャンも気づいていた。

 笑劇ファルスかよ、と。

 外を見張る振りをして、ダルリ氏の警戒をする。

 実際に外の警戒もしているのだが、見張りが必要な対象が余計に増えたようだ。

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