第3話

「ゲホッ、ゴホッ、ゲホゲホッ」


「楷(かい)、大丈夫?」


今日も執筆中に部屋で激しく咳こんでいると、妻の世良(せら)が心配そうに入ってきた。


「大丈夫だよ。病気でもないんだし」


「でも、その咳、異常よ。やっぱりちゃんとお医者さんに診て貰った方が……」


「大丈夫だってば」


僕は強く言い、書きかけの原稿を見る。


「もう少し。あと少しで完成なんだ」


しかし、世良は目に涙を溜めて言う。


「私……楷がそんなに自分を傷めつける小説なんて、書いて欲しくない。楷の……素敵なラブストーリーが、また読みたいの」


「ラブストーリーじゃ、ダメなんだ。ラブストーリーじゃ……」




そう。

僕は昔、ラブストーリーを執筆していた。

当時、付き合っていた世良は僕のラブストーリーの一番のファンだった。

僕は、読んでくれた世良の笑顔が見たくて……どんな作品を読んでも、はちきれんばかりの笑顔で言ってくれる感想が聞きたくて、書き続けた。

その時は、小説を書くのが本当に楽しかった。


でも、僕の執筆するラブストーリーは、世間的には月並みなものばかりで……

文学賞には、擦りもしなかった。

そんな時、ふと思い立って時代ホラー小説を執筆した。

『咳』は、その時から出始めた。

でも、僕は激しさを増す『咳』と戦いながらもその作品を書き上げ、文学賞に応募した。

すると……何と、最終選考まで残ったのだ。

最終的に落選したものの、僕は『自分には時代ホラーしかない』と確信した。

そして、時代ホラーを書き始めると同時に、世良は僕の作品を読んでくれなくなった。

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