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「スーパー」
「え?」
「スーパーの野菜コーナー。最後の大根を取り合いになったのが最初」
「あ、ああそうか。大根」
「喧嘩にもなってない。大根おろしにするって言ったら、あなたが煮物のほうがいいって言って、それで部屋に来て。煮物。おいしかった」
「よく覚えてるね」
「あなたの作ったもの。覚えてる。おいしいから。おはよう」
「おはよう」
「ねえ」
「うん」
「寝てるわたしに。なんで。起きてるわたしに告白してよ」
「ごめん。勇気がなくて」
「あなたに逢いたくて、わたし、泣いてたのに」
「そっか。ごめん」
「謝るの禁止」
「ごめん」
「禁止っ」
「うわっ」
「さわってよ。ほら」
彼女の、頬。
「ほっぺた。暖かい」
「泣いてたんだよ。あなたのせい。あなたが、いつもわたしに。わたし。あなたが。ずっと。好きだったのに。わたし。うう。うええん」
「ぐえ」
抱きしめられる。
「ぐえええしぬしぬしぬ」
背骨が。背骨がばらばらになる。
なんとかして、彼女から這い出た。彼女。急に、その場にうずくまる。
「おなかすいた」
「あ、ああ。ごはん。ちょっと待ってね。いま作るから」
立ち上がろうとして、つまずいた。
「あっしまった」
指輪の箱。彼女のほうに、転がる。
「なにこれ」
「あっあっ」
彼女が、箱を開けて。指輪を取り出す。
「うええん」
やっぱり来た。抱きしめられる。
「いだだだだ」
彼女の、ぬくもり。
暖かい。
ひとりでいたときは、感じられなかったもの。
「ね。ごめん。一回。一回離して。ごはん作るから。ね」
彼女。
ゆっくり。ゆっくりと、名残惜しそうに、離れた。なんとか背骨はまだ繋がっている。生き残った。
「鍋と。冷やし中華」
「うん。作る作る」
「オムレツも食べたい」
「オムレツね」
「好き」
不意打ちの好きで、ちょっと、びっくりした。
「好き?」
訊いてくる。
勇気は、必要なかった。
「うん。好き。大好き」
ただ、想いを伝える。それだけでよかった。なのに、遠回りして。ばかみたいだ。
「指輪。あなたのぶんは?」
「え、俺のぶん?」
「ないんだ。じゃあ、買いに行こうね」
泣いていた彼女が。
ようやく、笑った。
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