第20話・回答未満しか出せない、わたしたち

 それで何かが変わったかっていうと、特に目立った変化は無かったりする。

 先生と一緒にどこに行ったのかは、秋埜も想像してなかったみたいで(この点については我が恋人への見方を若干修正しないといけなかったりする)、お母さんとの間であった何やかんやを一通り話してあげると、目を白黒させてしばらく何ごとか考えていたけれど、「センパイがそう言ってくれたなら、それでいーです」で済んだのだった。

 ……問題は、わたしの進路についての考えを告げたあとが、もう大変だったことだ。

 特にこの話をしたのが、学校の例の場所だったものだから、余計になんてゆーか、秋埜が盛り上がってしまってだな。前回のこともあってか、もーせがんできてせがんできて危ないところだったのだ。

 いやそれはもう、わたしだってとろんとした顔になって甘えた声で求めてくる秋埜を抑えるのに割と必死で、「お母さんのことが解決してからって言ったじゃない」「でも一段落はしたじゃないすか」と押し問答の末、「ここ学校でしょーが」「うちは構いませんけど?」「わたしが構うのっ!」……でようやく押し止められたという有様。うーん、校内で不純同性交遊発覚とかいう、完全に洒落にならない事態だけは防げたのだけれど…しばらくの間、誰も来ないところで二人きりにはならない方がいーかもしれない、って決意させられてしまった。

 いやまあ、それはわたしだって気持ちいーことしたくはあるけれど。


 「で、秋埜としてはお母さんと直接お話しする気とか、ある?」

 「……うーん」


 そしてどうにか落ち着きを取り戻して、昼休みとは違って放課後だったから、秋埜にも少しは考えをまとめる時間を与えるわたし。

 秋埜が考え込むのも無理はなくって、わたしとしては結局お母さんのしたことに違いはないから同情の余地なんか無いのだけれど、結局、お母さんの実家の、議員さんやってるお父さんの立場に対しても複雑な影響を与えるために、いろいろと画策したバカヤローが幾人かいて、お母さんもそれに陥れられたところがある、って話を秋埜にもしてあげたからだ。


 「ホントのことを言えば…まあ、気の毒なとこもあるかな、とは思わないこともないといいますかー…」

 「はっきりしないなあ」

 「だってそうじゃないすか。あんなこと聞かされたからって、やったことは事実ですし、それで父さんがめちゃめちゃ苦労したってのに」

 「まあ、秋埜もね」

 「うちは別に、それほど……センパイが助けてくれましたし」


 そんな照れ顔のまま横目でこっちをちらちら見ないで欲しいなあ。なんか辛抱たまらなくなる。


 先生と一緒に会った時に聞かされた話は、実のところ秋埜にもわたしにも少しばかり、考えを変える切っ掛けにはなった。

 秋埜のお祖父さんにあたるお母さんのお父さんは、わたしでも名前を知っているひとだから地方の議員さんとしては結構有名なひとで、それも悪い方にじゃなくて謹厳実直、堅物の厳格を絵に描いたようなひとで、その影響力が面白くないひとも少なくないらしかった。

 で、本人の人格に瑕が無いものだから、家族のスキャンダルをでっち上げてでも失脚させてやろーっていう、ふざけた考えを持つ人が居て、お母さんは見事それに巻き込まれてしまった、という次第のようだったのだけど。実家の方はそんなお母さんをあっさり斬り捨ててしまってそんな企ては失敗してしまった。

 わたしからすれば、どんな事情があるにしたって夫と子供を捨ててしまったことに違いはないから同情するつもりなんかはこれっぽっちもなく、でも実の娘からすれば知らないよりも知っておいた方がいいだろうな、って思ったから、先生とも相談の上で秋埜にこの話をした、というわけだ。


 「…まー、あの女のしたことを許すつもりはないですけど、でも、センパイの言ってくれた通り、その結果としてうちがセンパイとこうゆう関係になれたことは認めてあげてもいいかな、って思います」

 「そうだね。それはわたしも同感。で、さ。秋埜は……これを言ったら怒ると思うけれど、わたしと恋人同士になったこと、後悔することってあると思う?」

 「うーん……」


 また考え込む秋埜。その姿はちょっとわたしには意外だった。

 だって、そんなことあるわけない、って即答するかな、って思っていたから。

 放課後ってことで、また余計に人気の減った校内の、そのまた更に人気の無い屋上の踊り場。

 その階段に腰掛けて、秋埜は膝を抱えてその間に顔を埋め、やっぱり唸り続けている。

 答えが出るまでゆっくり考えてていいよ、ってわたしは肩を軽く叩いて待つ姿勢になったのだけれど、それは殊の外に長くは続かなかった。


 「……うちが後悔するのだとしたら、センパイのお父さんとかお母さんに申し訳たたないなー、ってことくらいですかね」

 「うん」


 顔を上げ、隣のわたしの顔をじっと見つめ言う秋埜の表情に、困った感じはなかった。


 「うちはまあ、父さんがうちに対して負い目みたいなのがあるっぽくて、うちのやることにあれこれ注文つけてくるようなことはあまり無いんすけど……でも、本音を言えば、やっぱり今でも戸惑うっていうか、こうなって欲しい、って思うとこはあると思うんすよ。子供のこととかも」

 「だろうね」

 「だから、センパイのおうちだって、同じことを思われてても不思議じゃなくて、うちはセンパイのおうちに遊びにいった時も、歓迎してくれてよくしてくれますけど、まあそのー……うまく言えないすけど…」

 「うん」


 なんだかそうしてやりたくなって、わたしは秋埜の肩に腕を回して、肩を抱えるように抱き寄せる。

 秋埜は、それはもう気持ちよさそうにふにゃっとして、しまりのない顔でわたしの口元に自分の鼻先を押しつけてくるのだけれど。


 「んっ。…で、どう?」

 「…せんぱぁい、話のとちゅーでこんなことされたら続きが出来なくなるじゃないすかー」

 「うん。じゃあ続きはあとにする?」

 「どっちの?話の?くっつくのの?」

 「それは秋埜が今したい方を優先していいよ?」

 「………うー、じゃあ今は話をしましょ」


 ちょっと意外。よくぼーを最優先させてくるかと思ったのに。


 「うちだってマジメにセンパイとの将来を考えるときくらいありますって。で、ですね」 

 「うん」


 わたしから体を離し、秋埜は前方のあらぬ方向を見つめて言葉を続ける。


 「いろんなひとのいろんなものを奪って幸せになってしまうのって、うちの…母さんがやったことと結局同じことなんじゃないか、って思うと怖くなるんです。結局うちは、あの女のと同じ血が流れてる、成長すればどんなにイヤだと思っていたって同じになってしまうのか、って」

 「………」


 そんなことはないよ、って軽々しく言えないくらいには、わたしも鵜方家の事情には足を突っ込んでしまったから、何も言えずに黙ってしまう。


 「…でもまあ、そこはセンパイが一緒ならなんとかなるかな、とも思います」

 「そう?わたしそれほど大したこと言った覚え無いんだけどなあ」

 「言いましたよ。センパイ、うちと二人だけじゃなくって、他のひとが大事にしてることも大切にしてあげたい、って言ったじゃないですか」

 「……うん。まあ、秋埜に言われると我ながらおーきな口利いたな、って思うけど」

 「自分で言ったことくらい、責任とってください。で、うちもそんなセンパイと一緒に歩いていければ、二人だけで幸せになるんでなくて、もっとたくさんのひとと繋がって、ちゃんと胸はって生きていけるんじゃないかなー、って。それで、そのたくさんのひとの中にあの女…母さんがいたとしても、それほど悪くはないかな、って。それくらいは思うようになりました」


 センパイのおかげっす、って付け加えるように言って、秋埜はそちらを向いていたわたしにきゅぅってなるようなキスをしてきた。

 わたしはもちろん……それで済ませてしまうつもりもなくって、秋埜が体の力を抜いた隙に体を回して両腕で愛しい彼女の上半身を絡め取って、そんでもっと強く唇を押しつけようとしたのだけれど。


 「センパイ、今はそれはナシで」


 身を捩った秋埜に躱されて、みっともなく突き出した口元に涼しい風が通り過ぎるだけだった。秋埜にしてはいけずな…。


 「今は、って言ったじゃないすか。続きはー…今週末とかにどすか?ちょうどですね、うちの父さんが金曜から出張で夜はいないんすよ。泊まりに来ません?」

 「………」


 わたし、思わず生唾をごくり。いつぞやみたく、また秋埜の胸元に目を落としてしまったのだけれど、今度の秋埜は。


 「…………うー」


 恥ずかしそうに胸を両手で守る姿勢になり、真っ赤な顔でわたしを見上げてた。ナニコレ。くっそ萌えるんですけど。ていうか、秋埜前にわたしの部屋でしたいー、とか言ってなかったっけ…?


 「……なんかですね。センパイがうちのために、うちらのためにいろんなこと考えてくれてたんだなあ、って思ったら少しでも早くセンパイとひとつになりたくなりました。だめですか?」

 「だめ…じゃない。いいと思う。なんだかわたしも、秋埜の全部を自分のものにしてしまいたくなってる。なんだろこれ」

 「うちだってセンパイのこと、たっぷり愛したくなってます。……あー、もう今からしません?ここで」


 うん、いっそそうしたいのはやまやまなんだけどね。秋埜のうちに泊まる、なんてことになったら…わたしと秋埜の関係をしってるひとになんて思われるか分かりきってるのだし、その対策くらい練っておかないと。


 「おー、センパイもとーとーその気になってくれたんすね。うふふふ、あと少し時間と頭使えばうちらは……うふふふふふふふ」


 き、気味の悪い笑い方だなあ、もー。


 でも、こんな風にふたりが一緒になるためにあれこれ考えるのは、実際にそーなることときっと同じくらいに楽しかったから、この後は門限ギリギリまで話し込んでしまった。

 その結果迎えた終末は、といえば………。




 「あんたたちを一晩中二人きりとかに出来るわけないでしょーが。今日は私も一緒に泊まり込むわよ」

 「えーっ?!……オバさぁん、ちょっとまかりません?三時間くらいでいーんで。何もしないからー」

 「数字に具体性あり過ぎて全っ然信用できねーっつーの!」


 ……ま、そんなとこだろーな、って感じで、秋埜の家で相原先生、わたし、秋埜三人のお泊まり会…あー、途中から同じマンションの今村さんまで巻き込んでの宴会になっただけだったのだ。がっでむ!!

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