第13話・あーる15な昼下がり

 「いーすよ、会っても」


 あっさりとそう言われたものだから、わたしは自分が何の話をしていたのか分からなくなって、もう一度聞いてみたのだった。


 「お母さんに会っても、いいの?ほんとに?」

 「いーです」


 どんな心境の変化があったのだろうか。

 わたしは今日のお弁当のメインであるサラダチキン(味のつけ込みに三日かけた!)を口に入れながら、ハムサンドをかじってる秋埜の横顔を見た。

 まあ、無理してる風ではないけれど、秋埜にしてはどうも表情の奥で何を考えているのか分かんない顔だ。でもわたしの愛が足りないとか、そんな話では、ない。




 秋埜のお母さんに会っていろいろせーしんてきにアレされたわたしは、その晩たっっっぷり秋埜と電話でお話しして心癒された……と言いたいところなんだけど、晩ご飯食べてすぐに部屋に引きこもったらおばあちゃんに怒られてしまい、電話は控え目にして翌日のお昼に話をしよう、って話になっていた。

 おばあちゃん、基本わたしには甘いんだけれど、秋埜とつきあい始めてからは確かに電話とかでスマホにかじり付いて家族をほっといた感はあるので、そこは素直に言うことをきいておくわたしなのだ。

 で、次の日の学校。お昼休み。

 場所は、まず滅多にひとのこない、特別教室側の屋上への出入口。

 ちなみにココ、この学校では穴場もいーとこなので、わたしと秋埜がひとに聞かれたくない話するときには割とよく使ってる。秋埜にコクられた次の日、どーすんのどーするの、なんて話をした時なんかその最たるもので、ごくたまーに学校でもなんかこう、キスしたくなった時に……なんでもない。


 「センパイがそこまでしてくれたんすから、うちとしても義理は果たしておかないとなー、って。それだけっすよ」

 「義理、ね…」

 「他になにが?」


 まあ、秋埜にしてみればそれくらいの感じなのだろう。会いたくて会いたいわけじゃない、ってことだ。母恋しいけれど素直になれなくて…って可能性も考えたけど、わたしにつんでれ?を発揮する理由ないし、言葉の通りなんだろうな。


 「いつ、とか場所とか、そういうのは決めてくれる?で、相原先生に伝えておけば多分お母さんにも話通るだろうから」


 お母さん、って単語が出ると秋埜はちょっと嫌な顔をする。そーいうところ見ると、やっぱり少しは無理してるんだろうな、って思うのだけれど、わたしは敢えて気付かぬふりをしておく。


 「ういす。まー、日曜日とかでいいでしょ。父さん、ホームゲームでスタジアム行ってますし」

 「あ、サッカーか。秋埜はお父さんと一緒に行ったりしないの?」

 「興味なくはないすけど、センパイとデートする方が大事なんで」


 ほにゃり、と笑いながら、そんなことを言った。わたし、あっさり魅了。我ながらチョロ過ぎるなあ、もー。


 「…ん、と。ごちそーさまでした。センパイ、その鶏肉美味しそうでしたね」

 「これ?うん、まあ最近の中ではかなり上手く行った方かな。今度持ってくるね」

 「楽しみにしてます」


 わたしの倍近い量をすっかり平らげたのと、わたしがお弁当箱を空にするのがほぼ同時。言っておくけど、秋埜が特別大食らいってわけじゃなくて、わたしの量が少ないだけだ。確かに平均よりは食べるだろうけど。

 …でもなあ。わたしよりずっと大柄ってわけでもない秋埜は、それだけ食べてどこにお肉ついてるんだろ。


 「……気になります?」

 「なにが?」

 「うちのおっぱい」


 ……いやその、確かに肉付きとか見てたけどそれが気になったわけじゃなくて。


 「そーいや、交換条件の話もありましたしねー。センパイ、うちは前も言った通りセンパイの部屋がいーです」

 「何の話よ」

 「だから、交換条件の話ですって。会いに行くのを許す代わりに条件出したじゃないすか」


 ……あー。

 ……うん。

 ……そう、なんだけどね……しらばっくれておこ。


 「交換条件?なんだったっけ?」

 「またセンパイとぼけちゃってー。忘れたとは言わせませんよ?うちはもちろん期待しまくりですけどセンパイだって満更じゃなさそーだったじゃないすか」

 「だから、何のことよ」

 「アレのことが片付いたら、いっしょにしましょうね、って言ったらセンパイもはずかしそーに『うん』って言ったでしょ。だから、しましょ?」

 「何を」

 「セックスに決まってるじゃないすかー」


 おい。言い方。ていうか別に満更じゃないわけじゃなくて、どーてんしてただけだっつーのっ。


 「うふふ、せんぱぁい…ほら、これ…これを、好きにしても…いーんすよ?」


 我ながら挙動不審になるわたしと肩をくっつけながら、秋埜は自分の制服を下からもちあげるみごとなふくらみを、両手で更に強調しながら迫ってくる。

 そしてわたしは、その秋埜の仕草から目を離せなくて、思わず息を呑む。


 「…もー、せんぱいも期待しちゃってるじゃないすかー。うちですね、けっこー体には自信あるんすよ?だから、せんぱぁい……いっしょによろこんだりよろこばせたり……しましょ?」


 瞳を潤ませた秋埜の顔が、更に迫る。わたしの顔に向けて。

 つまり、これは、そーいうことだ。

 期待しちゃってる。アレを、じゃなくて今この場で、ソレを。

 秋埜の顔から距離をとるのをやめ、ほんの少しだけ自分から近付く。目をつむって。わたしがそうした時、秋埜は必ず、だな…。


 「ん」

 「……んふ」


 学校なのに。学校の中なのに。キス、しちゃってる。

 いやまあ、今までもしたこと無いわけじゃ無いのだけれど、直前になんか際どい会話してその流れでこんなことになると……ああ、うん、なんだか自分が抑えられなくなる。


 「ひぇんふぁい……ふき、れふ……んん……っ」


 だから、とりあえず舌をいれといた。

 いや、とりあえず、じゃなくてここまでしたの初めてのとき以来なんだけどっ?!……あー、でもあの時は途中で「やばっ」って思って止めたわけだから、今回は……。


 「あひのぉ……」


 名前を呼びながら、秋埜のお口の中に侵入していくわたしの舌。

 そこにあったのは、やっぱり秋埜のおなじ、もの。

 それが触れて、その熱さに一瞬びっくりして、けどそれがとても気持ち良くって、わたしは自分のものでないかのように両腕を秋埜の背中にまわし、秋埜も同じようにしてくれて、それでふたつの唇はもっと強くくっついて。


 「………はふ、はぁ……」

 「ん……んん……っ」


 私と秋埜の舌が、おたがいのお口のなかを出たり入ったり。唇を離してみても触れたまま、絡み合って。

 お昼ごはんを食べたあとだから、なんだかフクザツな味がする……あきのの、味だあ……そう思うと、からだのおくにある熱いものがなんだか、じゅわん、てかんじにしめっぽくなって、わたしはもっと、ほしくなって……。


 「りんこ、せんぱい……すきにして…くださぁい……」

 「うん……わたしの、すきに……する、ね……?」


 抱き合って、うつろな声でことばをかわす。

 一瞬、唇がはなれた。そしたらあきのは、体ごとおしつけてつづきを、せがむ。

 あきのの、おっきな胸がわたしにおしつけられる。やらかい。やらかくて、とてもあたたかい。

 ふれたい。さわりたい。そこに唇をよせて、あきのをなかせたい。

 …あー、もうだめだ。これ、とまんない。きもちよすぎて、とめられない。

 ほどいた手を、そしてそこに持っていこうと、したら、声がきこえた。どこかとおくで。おんなのこの、声。だれかをよんで、それにこたえる声がつづいて。そっか、ここ学校だっけ。学校。うん、学校……学校?


 「ちょい待ち秋埜すとっぷっ!」

 「……ふぇ?」


 がばっ、と秋埜の胸に届こうとしていた手でそのまま体を押して、引き剥がす。

 我に返ったわたしに見えた秋埜の顔。唇からよだれみたいなものをこぼし、とろんとした目付きで上気した、とても色っぽいものだった………んだけど、そーいうことじゃなくて。


 「……あ、あぶなかったぁ……あきのぉ、ここ学校だってば。盛ってたら拙いでしょーがっ」

 「……ふぁ………い、んー……」


 まだ夢心地みたいな秋埜の両肩を揺さぶる。そういえばわたしの口元も自分と秋埜の唾液でべとべとだった。うわぁ…と思って、慌ててハンカチで拭い、秋埜のも同じように拭いてやると、ようやく目が覚めたのか、目をぱちくりさせながら…。


 「せんぱい、もっかい」

 「もういっかい、じゃないっ!」

 「あいた」


 …また目をつむって口を突き出してきたので、ツッコんでおいた。あなたもう正気に戻ってるでしょーが。




 予鈴まであと三分を残し、わたしたちはようやく身支度を調え終えた。

 キスをしたりされたりはこれまで何度も何度もしてたけど、今回のはしょーじきヤバかった…。うう、なんか立ち上がる足にも力がはいらなくって、階段降りられるか心配…。


 「うー、なんか歩きづらいっす…」


 それは秋埜も同様のようで、二、三度頬をぴしゃんと叩いて顔を元に戻そうとしてたけど、さっきまでのことを思い出してか、わたしと目が合うとまた顔を赤くしてた。

 どっちかってゆーと普段はぐいぐいくる秋埜がこーいう顔をするのを見ると……、なんて言ってる場合じゃない。


 「…ほら、そろそろ教室戻ろ?授業始まるわよ」

 「うい。続きはまた今度、すねー」

 「続きなんかないわよっ!……あーもー、学校でこんなことしただなんて一生の不覚…」

 「学校じゃなければいーんすか?じゃあセンパイの部屋で…」


 うっさいわ。


 無言でそうツッコミはしたけれど、実のところそう悪い気分じゃあなかった。ていうか、ぶっちゃけすんげー気持ち良かった。確かにこれはハマりそう。ヤバい。


 「でもセンパイがあれだけ積極的にうちのこと求めてくれたの、初めてじゃないすか?」

 「そろそろ他のコに聞かれそうだから控えてよ、もー」


 実際、特別教室側とはいっても次の授業でこっちを使う生徒がいるから人気はある。

 それよりも、だ。

 よくぼーに引きずられてこんな真似をしてしまったけれど、わたしの頭にはやっぱり振り払えない懸念があるのだから。


 「…秋埜。交換条件とやらだけど、わたしが言ったのは、お母さんのことが全部片付いたら、だからね。わたしが会ったくらいで全部解決したりなんかしないんだからね」

 「えー……アレのことなんか正直言ってどーでもよくないすかぁ?」


 わたしの後ろからついてくる秋埜の声には、もうウンザリしてる、って響きが満ち満ちていた。

 けどね、顔は見えないけれど、秋埜にそんな表情をさせるようなこと、ほっとくつもりはわたしには無いんだから。

 一般教室棟に入る頃には、わたしの決意はそのように固まり、二年生の教室に向かう秋埜を見送る形でわたしも自分の教室に…。


 「あ、センパイセンパイ。ちょっといーすか?」

 「なに?」


 向かおうとしたところで、秋埜が身を翻して寄ってきて、小声で耳打ちしてきた。なんだろ。


 「……あのー、ショーツの替えかナプキン持ってません?うち、なんかさっきのでえらいことになってまして」

 「……………わたし、一昨日終わったとこだから、どっちも持ってきてない」

 「…保健室に無いかなあ」


 残念、と首を振りながら、あやしい足取りで階段を登っていく秋埜だった。

 ていうか、本当に保健室行ったりしないでしょーね。先生に知られたら、何やってたかバレると思うんだけど。

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