第7話・わたしの、初めての…いろいろ?

 朝起きて、確認したら秋埜からの返信が届いてた。とても高校生が起きてるとは思えない時間に。

 きっと夜中まで悩んでいたんだろーなー、って思うといじましくなる。

 その悩みの一端でも知りたくて、わたしはトーク画面をスクロールさせた。


 『今日デートしましょ』


 そうしたら、なんとも素っ気ない…ように見えて、きっとあれこれ考えてこの一言にしたんだろうな、って思える言葉が書かれてた。


 「……デートしましょう、かあ」


 寝転がったまま、秋埜のメッセージを口のなかで繰り返す。

 休日は、二人きりとは限らないけどほぼほぼ毎日会ってるから今さらって気はする。ただし、デート、と身構えて会うのは実は比較的珍しいから、秋埜にしてはきっと踏ん切りをつけたい何かがあるんだろうな、って思いながら、わたしはベッドから降りて階下に降りていった。

 時間、九時の少し前。ちょっと寝過ごしたか。



   ・・・・・



 そしてデートの場所は多摩動物公園だった。


 「…秋埜。本気で遊ぶ気だったの?」

 「え。もち、じゃないすかー。さーさー、連休中はセンパイと遊び倒しますよー」


 モノレールの駅で待ち合わせ、とか指定されてた時になんとなく予感したのだけれど、きっと悩んでいただろーなー、とか思ったわたしが恥ずかしくなるくらいに、いつも通りの秋埜だった。


 「それでセンパイ。今日はうちがおべんと作ってきましたからいっぱい食べてくださいね?」

 「そんなとこまでいつも通りというか、いつも以上にがっついてない?」

 「あはははー」


 無理してはしゃいでいる…ようには見えない秋埜の装いは、ここはいつものようにラフなパンツルックに珍しく髪をポニーテールにまとめ、普段あまりしない化粧なんかもしている。それもやや濃いめに。とても上手に出来てるけど、あんまり秋埜らしくはないかなあ。

 それから、女の子としては背の高い方だから、薄い茶色のジャケットにボーダーのシャツを覗かせ、緩いデニムのパンツにそこそこ年季の入った、でもとても上品な革のベルトできゅっと締まったウエストを強調するボーイッシュな装いがとてもよく似合う。それはわたしでなくともすれ違う女の子が振り返る趣きで…って、いかんいかん。ここでわたしまで見とれてどーする。


 「秋埜、今日もかっこいいね」

 「ありがとーございます、センパイ。でもセンパイも今日は…うふふふ、うちのために思い切ってくれたと思うと愛しさ数千倍っすねー」

 「なにいってんだかこの子はもー…」


 一方のわたし。

 体の線に自信のないわたしは、普段から体つきを強調するような格好はしない。

 でも、上半身はひんそーでも脚の方はそこそこ見れるという自負はあるのだ。

 それに今日は、春もすっかり深まって寒さに凍える心配なんか、どこにもない。

 だから満を持して…こんな時がいつか来ると思って用意していたもので、着飾ってみた。そう、みにすかーと、というものを。


 「でもセンパイ、その歳までミニはいたことないって今どきめずらしーっすね。小学生の時って…あ、そーいえばいつもズボンでしたか」


 そうなのだ。小さい頃は女の子らしい格好がイヤでイヤで、スカートなんか絶対はかなかったし、中学に上がって女の子らしさを演出するよーになってからも周囲の男の子の目は気にして、やっぱりミニは避けてきたから。

 だけど、今日は見せつけるべきは秋埜ただ一人。芳紀じゅーななさいの少女として…わたし、みにすかーとデビューしました!………のだけど。


 「…やっぱり、なんだか足下がすーすーして心許ない」

 「そりゃセンパイ制服のスカートだって一切いじらないですし。慣れればどーってことないすよ。…にしても靴下もアンクレットてえらい思い切りましたねー。うちも生唾ごっくんモンですって」

 「うう……そんなにみないでよ…もー」


 見せつけるつもりで着てきたのに、いざ秋埜の熱っぽい視線にさらされると照れが先に出る。

 そしてそれだけでもけっこーいっぱいいっぱいだってのに、秋埜は更に余計なことを確認してくる。


 「ところでセンパイ。スカートのしたって」

 「…何はいたらいいか分かんなかったから、特になにも」


 ごくり。


 文字通り、秋埜が息を呑む音が聞こえたよーな気がした。

 今日は無事に帰れるのだろーか、とか違う意味で身の危険を覚えつつあったわたしだけど、秋埜はそんな風にびびりまくってた私の肩を優しく抱いて、それから耳元で囁く。


 「…センパイ。慣れてないひとがミニはくときは気をつけてくださいね。足下注意しないと見えたりしますから」


 それはとても、心の底から心配してくれていることが分かる言葉で、わたしは急に恥ずかしくなって俯き、小さく「…うん。ありがと」と言うしか出来ないわけで。


 「………どしたの?」


 そしたら、生唾どころか鼻息荒くする秋埜だった。正直ちょっと、ひく。


 「………センパイ……かぁぁぁぁぁいいっすねぇぇぇぇぇ……」

 「ちょっ、ちょっと秋埜っ?!人目もあるとこで何言って…うひゃぁっ」


 肩を抱く体勢からわたしを正面に据えて、ちからいっぱいのハグ。二人きりなら嬉しくもなるけど駅前で人の往来もあるとこでこれはマズいってばっ!!


 「いーじゃないですかっ!なんかうちもーしんぼーたまりませんっ!センパイがかわいすぎて死ねる!!」

 「死ぬなぁっ!生きろぉっ!」


 …わたしも何を言ってるんだか。


 そうして一頻りきゃーきゃー騒ぎ、後ろ指すら指され始めたかなー、と思う頃になってようやく、秋埜はわたしを解放してくれた。

 別に女の子同士でこーしてじゃれ合うくらいなら珍しい光景ってわけでもないんだろうけど、余りにも騒ぎすぎてか…というより、秋埜は美人だしわたしだって十人中五人くらいまでなら振りかえさせるくらいの見た目は持ってると思うから、流石に注目は浴びる。気がつくのが遅かったけど。


 「…まあ、ヤバいと思ったらうちのジャケット貸してあげますから。腰に巻いとくといーすよ」

 「そうね。秋埜以外にみられたくないし」

 「んもー、このひとは今日はどれだけうちを喜ばせてくれるってんですかー。センパイ、今晩は離しませんからね?」

 「そーいうことを言う秋埜はちょっとキライ…ああうそうそ、ちょっと困るくらいにしておくからそんなに落ち込まないで。ね?」

 「うー…センパイのいじわる」


 ……なんだかなあ。今日はえらく男前で何度惚れ直させるのかと思えば、こーして「よしよし」ってなぐさめたくなるくらいに可愛かったりする。

 ほんと、一緒にいて飽きないコだ。

 わたしは、昨夜なんだかぐちゃぐちゃ考えていたことなんか完全に吹き飛び、今日はもう思い切りデートを楽しんでやろー、って気になる。きっと秋埜だってそう思ってるはずだ。


 「ほいじゃセンパイ、行きましょ?ペリカンがうちらを呼んでますー!」

 「相変わらずペリカン好きよね、秋埜は。何か思い入れでもあるの?」

 「それは歩きながらしっかりきっちり語ってあげます。うふふ、センパイも今日からペリカンフリークの仲間入りっすからね?」

 「フリークって。まあでも、お手柔らかにね、秋埜」

 「ういっす!」


 そうしてわたしと秋埜は仲良く手を繋ぎ、連休でひとのごったがえす多摩動物公園に入っていったのだった。




 「………ということです。分かりましたか」

 「………………話の内容はさっぱり。でも秋埜がわたしよりもペリカンに愛を注いでいることだけは、分かった」

 「…センパイ、ひどくないすか?」


 いやだって。入園するなりペリカンの池に向かう道すがら秋埜が語ったことといったら…その生態から始まりペリカンの登場する古今東西の物語の紹介を経由して最後はサービスを終了してる宅配便サービスの名称の由来にまで至るんだもの。

 道すがら、なのだから情報量としてはそれほどでもないとしても、とにかくその語る様といったら熱弁どころの騒ぎじゃなくって、そこに込めた情熱はもしかしたらわたしよりペリカンの方を愛してるんじゃないかって嫉妬したくらいで。


 「うちはセンパイの方が好きですよ?ペリカンより」

 「だからペリカンと比べられても…けど、どうしてそんなにペリカンに入れ込むの?昔から好きだったの?」

 「いやそれがそーでもなくて。去年、緒妻センパイとかチー坊と一緒に上野行ったじゃないすか。そこで一目惚れしました」


 だから、いちいち恋人の内心にさざ波立てる物言いをするなっつーの。

 わたしはやさぐれた気分になって、それからいかにペリカンに興味を持って調べまくったかを語る秋埜の話を右から左に聞き流す。熱心なのはいいけど、もー少しわたしをかまえ。


 「あ、そろそろっすよ。ほら、センパイ早く行きましょ?」


 人類でないものに嫉妬する、とゆー不毛な心理に身をやつすわたしの手を引っ張り、視界に入ったペリカン池に向かって小走りになる。スカートの裾を気にしながらだったけれど、わたしも、置いて行かれまいと手を引く勢いに負けずに駆け出していた。




 上野動物園ほどじゃないけれど、多摩動物公園も丁寧に見て回ると一日じゃあ全部見きれないくらいの動物がいる。

 朝がゆっくりだったこともあって、秋埜が子供っぽい笑顔でたっぷりとペリカンの姿を堪能するともうお昼には遅めの時間になってしまっていたから、先にご飯にした方がいいかな、と思ってまだほわーってしてた秋埜に声をかけた。


 「あきのー、お弁当作ってきたんでしょ?そろそろ食べない?」

 「あ、いーすね。うち、センパイにたっぷりお肉つけてもらおうと思ってたくさん作って来たんすよ」


 この子、ことあるごとにわたしを太らせようとしてくる。正確には抱き心地にもう少しふわふわした感じが欲しいとか勝手なことを言うのだ。余計なお世話、というものである…って以前は思っていたわたしだけど、実のところ秋埜が喜んでくれるならもうちょっとなんとか…くらいには思うようになっていた。


 「それは嬉しいけど、そんなにたくさんは食べられないわよ。もともとのお腹のサイズが秋埜と違うんだから」

 「だーじょーぶですって。ちゃんとそこは材料絞って選りすぐってきてますから」

 「ふーん。何作ったの?」

 「それは見てのお楽しみ…と言いたいところですけど、予告編としていくつか紹介しますとー」


 またえらく勿体ぶるなあ、とわたし苦笑。けど、秋埜が楽しそうだから、ま、いっか、と拝聴する。


 「まずは揚げ豆腐の焼き浸し」

 「…この時期に豆腐はまずくない?」

 「そこはほら、いろいろと工夫してますし。ちゃんと熱通ってますから。続きましてはー…佃煮風の煮豆。昆布もたっぷりっす」

 「和風続きなのね。秋埜にしては珍しい」

 「ちょっと考えがありまして。おにぎりは味噌焼きおにぎりがメインです。お味噌がですね、こないだ父さんが会社のお土産でもらってきたもので、すんごくいー感じなんすよ。飲み物ですけど、豆乳を用意しましたー。紙パックですけど冷やしてきたので、多分においとか気にはならないかとー………って、センパイ、どしました?」

 「……食材のチョイスに悪意を感じるんだけど」


 やけに大豆の量が多い気がする。大豆というか、イソフラボンというか。


 「…きのせいですよ?」

 「棒読みになってそっぽ向かれて気のせいなわけないでしょうっ!!ちょっと白状しなさいわたしのこの体のどこに文句があるっての!」

 「だっ、だってセンパイこないだ首とお腹の間の一部サイズなんとかしたい、ってしみじみ言ってたじゃないすかっ?!うちはそのセンパイの悲しみを救いたいと…」

 「やっぱりそーいう意図か!ええい、この駄肉の持ち主め!こんなもの、こうして…こうしてやる……」

 「…あの、センパイ。半泣きでひとのムネ掴むのやめてもらえません?なんかうちも物悲しくなるんで」

 「……うるっさい」


 イソフラボン。女性ホルモンの成分によく似て、バストアップに効果があると言われている。主に大豆に多く含まれる。

 余計なお世話というより気づかいの方角がどっか明後日を向いてる秋埜だった。

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