第6話・幼馴染みとの忌憚の無い言葉のどつきあい

 なんだかえらく声の重かった緒妻さんから番号を聞き出し、わたしは大智が合宿で泊まっているという宿舎に電話してみた。

 大分昔に背丈でわたしを越えていった幼馴染みの顔を思い出す…まー、緒妻さんと並ぶとお似合いもいーとこなのだから、顔については申し分ないコだと思う。

 割かし呑気とゆーかボケボケした性格で、よくもまあそんな有様で全国大会常連校で将来を期待されたゴールキーパーだとか言われるものだ、と直接会っても思うのだけれど、実際背が高いコトだけは事実だからなあ。

 秋埜や緒妻さんと一緒に部活の試合を見に行ったこともあって、でもサッカーのことはよく分からないわたしだったから、凄いとか凄くないとかはよく分かんなかった。秋埜によれば、Jリーグのチームのユースセレクションに参加していいとこまで行ってたらしーから、結構なものだということのようだけど。

 まあ緒妻さんだけが言うなら信用出来ないとしても、秋埜もそう言うのだから、わたしが思ってるよりもスゴい男の子なんだろう。


 で、宿舎の電話番の…多分サッカー部のコに取り次ぎをお願いして、呼び出してもらった。

 大智を呼びに行った時の声が、「外村センパーイ、こないだと違う女の子ッスよー」……ってな大声だったから、多分後でエラいことになると思う。




 そして、泡を食った様子で電話に出た大智に、相原先生とナニゴトか話をして、その日はあまり冴えない顔でわたしの部屋で過ごし、やっぱりどこか元気の無い様子で帰っていった秋埜の件を掻い摘まんで話した。


 『だからってなんで俺にそんな話振るかな、リン姉は…』


 でも、大人しく聞いていた大智の反応は…予想通りとはいえすこぶる気乗りしない風なのだった。

 なんでこんな話を大智にしたのかというと…もちろん人選に根拠はある。わたしの相談の伝手なんてかなーり手狭ではあるけれど、そんな中でも秋埜のことをよく知っている、という点では今村さんに継ぐだろうからだ。

 じゃあ今村さんに相談すればいいんじゃないか、とはならない。というのも、緒妻さんを煽ってしまってその後どーなったかという興味…じゃなくて、心配もあり、様子伺いも兼ねてのことだったから。野次馬根性旺盛とゆーものかもしれない。一応真面目に話はするのだけど。


 「心配にならないの?秋埜のこと」

 『そりゃ心配にはなるけどさ。でもそれだったら直接その従姉妹の先生?に聞けばいーじゃん』

 「あの曲者のセンセに直接聞いて答えてくれるわけないでしょ。てきとーにはぐらかされるのがオチよ」

 『そーかなあ…』


 電話口の向こうで大智の首を傾げる様子。

 ちなみに今は、合宿所にいるとかで個人のスマホは使用不許可らしい。だから合宿所の電話にかけて呼び出してもらったところだ。

 女の子から電話がかかってきたということで、後で大智がどーなるか、という心配はあるけどどうせ緒妻さんからだと思われて、どーということはない。はず。多分。


 「…なに?えらく疑わしい空気醸し出して。相原先生のことならわたしの方が知ってる…」

 『いやそーじゃなくてさ』

 「……」


 反駁するわたしの声を押し止める。大智のくせになまいきだ、じゃなくてわたしの意見に異を唱えるなんて、随分おーきくなったものよねこの子も、と姉ぶってみるわたしだったのだけれど、返ってきた答えはえらく常識的というか納得いくものだった。


 『その先生はさ、アキに話をしたってことをリン姉に知られるよーな真似したんだろ?だったらリン姉が自分で秋埜のこと救ってみろ、っていうサインなんじゃないのか?』

 「む、………」


 思わずわたし、黙考。

 なるほど、秋埜に難しい話をしたということをわたしに知られたくないというのなら、わたしの関わらないタイミングで話をすればいいのだし、わざとそうしなかったというのなら、お構いなしでわたしに一切関係のない話か、それとも秋埜から聞かないと意味の無い話なのか。

 それで、そんな回りくどい真似するよーな先生かっていうと…まあするだろーなー、あのひとならきっと。


 『思い当たることあるみたいだなー。リン姉、もーいいか?二年は私用で電話使ってもいいけど、時間が十分関までなんだよ』

 「……あ、う、うん。ありがと。そこそこ参考になった」


 そこそこ、かあ、と残念そうにため息をつく大智だけど、わたしが照れくさかったから控え目に言っただけで、ちゃんと感謝はしているのだ。

 それが伝わるか伝わらないか。今となっては伝わってしまっては困ると、思う。

 なので、時間も差し迫ったことなので、わたしは電話を切り上げようとして、聞いておかなければならないことを思い出す。

 一瞬、我ながら悪い顔。まあでも、これくらいの意趣返しはしてもいいよね?フラれた側としては、さ。


 「あ、大智。一つだけ忘れてた。いい?」

 『うん?別にいいけど。でも次の番のヤツ待ってるから…』

 「緒妻さんとはキスくらいした?」


 どんがらがっしゃん。


 擬音として文字に起こしたらこんな感じの音が、スマホの向こうから聞こえた。

 まあこの反応ならいー感じの雰囲気くらいにはなったんだろーなー、と緒妻さんの健闘を讃えつつ、受話器を落っことしたのだかずっこけたのだか分からない大智が体勢を立て直すのを待つ。


 「大智ー、だいじょうぶ?」

 『オズ姉がいつも以上にぐいぐい来ると思ったらリン姉の差し金かよっ?!』

 「どーでもいいでしょ、そんなこと。で、したの?しなかったの?したならきっと緒妻さんからしやわせいっぱいの報告が来るハズなのに、妙に暗かったからきっと大智ヘタレたんだろーなー、って思ってたんだけど。ほら、どーなったのかおねーさんに教えてみなさいって」

 『…アキと良い感じだからって調子にのって、この色ボケしたアホ姉はもうなんつーか…』


 アホとはごあいさつな。色ボケは認めるけど。


 『夜の自由時間に少し外に出て話しただけだよ。男所帯のとこで出かけて女の匂いつけて戻ってこられるわけないじゃん。抱きついてきたところをよけたらえらい恨み言言われたくらいのもんだって』

 「なるほど。大智としてもひっつきたくはあったけど、諸般の事情により泣く泣く諦めた、と。うーん、男の子だねー」

 『なんでそーなるんだよっ!…まあガマンはしたけどさ』


 あはは。じせーしんが働いたかあ。ま、緒妻さんには悪いけど、「あんときのオズ姉はなんかもー…」とかぶつぶつ言ってるとこみると、効果が無かったわけでもなさそーだし、いいんじゃないかな。あ、でも。


 「大智?そういえばまだ相変わらず緒妻さんのこと『オズ姉』って呼んでるの?いい加減名前で呼んであげればいいのに」

 『…ほっといてくれ。いろいろしがらみってもんがあんだよ。志郎さんとか京司さんとかいろいろ…』


 大智の言った二人はどちらも緒妻さんのお兄さんのことだ。つまり、相変わらずシスコンを卒業出来ていない兄たちの睨みが利いている、というところか。

 そこのところの大智の気苦労はさすがに察して余りあったから優しくなぐさめておいて、わたしはおやすみを告げて通話を切った。

 そして、今頃は向こうは修羅場だろーなー、なんて他人事みたく思いながら、LINEのアプリを立ち上げる。


 「…で、本題はこっち、と」


 秋埜とのトークを開いて、手早くテキストを入力。今の段階で伝えることなんか一つしか無い。


 『何かあったら話してね。わたしはあなたの隣にいるんだから』


 こんなところか。ちょっと気取った感はあるけど…でも、秋埜なら分かってくれるよね。


 やることをやったら、もうそこそこいい時間だった。いー加減、今日の勉強のノルマを終えないと寝られやしないし。

 わたしは、寝る頃には日付変わってるかもなあ、と思いつつもどこか心が昂ぶっているためか、それをイヤとも思わず、数学の参考書と決闘を始めたのだった。


 おやすみ、秋埜。明日はちゃんとお話しようね。

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